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【後編】賢者の贈り物

<前編のあらすじ>
クリスマス・イブ当日。デラは、愛する夫のジムにクリスマス・プレゼントを買うお金がなくて嘆いていた。そこで、膝下まである自分の長い髪を売って、プレゼント代を稼ぐことにした。ジムの懐中時計に合うチェーンを買ったまではよかったが、自慢の長髪が短くなってしまい、ちんちくりんな髪形になってしまったデラ。はたして、愛しのジムの反応は如何に……


 7時には、コーヒーが淹れられ、フライパンはコンロで予熱されて、骨付き肉を焼く準備は万端だった。

 ジムは絶対に遅れない。デラはフォブ・チェーンを半分にたたんで握り、ジムがいつも入ってくるドアに近い、テーブルの角に腰をあずけた。そして、階下からジムが階段を上がる音が聞こえてくると、束の間、デラの顔が青ざめた。デラは、日常的な何でもないことで静かに小さなお祈りを口にする癖があるのだが、いまは「神さまお願いします、これでもまだ私のことをきれいだと、ジムが思ってくれますように」とささやいていた。

 ドアが開き、ジムが中に入り、そしてドアを閉めた。ジムは細くて真面目そうな風貌だ。二十二歳の若さで家族を養う、いじらしい青年なのだ! ジムは オーバーコート を新調すべきだし、手袋も持っていない。

 鶉のにおいを嗅ぎつけたセッター犬のように、ジムはドアの内側で固まっていた。ジムの目はデラに固定されていて、デラには読み取れない感情が映っていたので怖くなった。怒りではないけれども驚きでもないし、不満でも、恐怖でも、デラが予想していた反応のどれにもあてはまらない。ジムはその独特な表情で、ただただデラを見ていた。

 デラは身体をくねらせながらテーブルから離れ、ジムのもとに行った。
「ジム、ねえお願い、そんな風に見ないで」とデラは涙声で言った。
「ジムにプレゼントをあげずにクリスマスを過ごすなんて考えられなかったから、髪を切って売ったの。でもまた伸びるから、いいでしょう? やらなきゃいけなかったの。私、髪が伸びるのがすっごく早いんだから。ほら、メリークリスマス!って言って。楽しく過ごさなきゃ。私がどれだけすてきな、そう、すばらしくすてきなプレゼントを買ったか、見てよ」

「髪を切ったの?」とジムは、力をふりしぼるように、それでもまだ確固たる真実にたどり着けないというように、苦しげに聞いた。
「切って売っちゃった」とデラは言った。
「それでも私のこと、変わらずに好きでいてくれるでしょう? 髪がなくても、私は私なんだから、ね?」
 ジムは部屋の中を探るように見回した。
「もう髪はないって?」とジムは、なかばバカっぽく言った。
「探さなくてもいいから」とデラは言った。
「だから売ったって言ったでしょう。売って、もうないの。ねえ、今日はクリスマスイブだよ。あなたを思ってしたことなんだから、優しくしてくれてもいいじゃない。私の髪は、神さまが数えてくださったかもしれないけど」と話したデラは、ここで急に熱っぽく甘やかな声に変えた。
「私のあなたへの愛は、だれにも量れないんだから。ジム、骨付き肉を温めようか?」

 トランス状態からジムは速やかに目覚めたようだ。ジムはデラを抱きしめた。十秒ほど、我々は視線を別の方に向けて、些末な事象を検討するとしよう。週八ドルと年百万ドルの、何がちがうのだろう? 数学者や口達者な人に聞いたら、まちがった答えが返ってくるだろう。東方の三賢者は幼いイエスに価値ある贈り物を与えたが、贈り物のなかにこの問いへの答えは入っていなかった。のちほど、この意味深な言葉に光をあてよう。

 ジムはオーバーコートのポケットから包みを取り出し、テーブルに放り投げた。
「デル、僕のことを勘違いしないで」とジムは言った。
「髪を切ろうが、刈ろうが、シャンプーのしかたが悪かろうが、それで僕の愛しの君の価値が下がることなんてないんだから。でも、その包みを開けたら、僕がどうして最初あんなふうになったのか、きっとわかるよ」

 白い指が手際よく、紐と包み紙を破いた。そして喜びの悲鳴のあと、嗚呼!女性ならではの急な切り替わりで、滂沱の涙と悲しいうめき声に変化し、この部屋の主は持ちうる全力でただちに対処せねばならなかった。

 なかにはあの髪飾り――デラがブロードウェイで窓越しに拝んでいた、頭の横と後ろにつけるコームのセットがあったのだ。美しいコームは、純鼈甲べっこう製で、縁に宝石――いまは亡き美髪に映える色の――がついていた。このコームのセットは高価だと知って、のどから手が出るほど欲しかったものの、自分が持つことはないだろうと思っていた。いまや自分のものとなったのに、あれほど欲しかった髪飾りを引き立てる髪はもうない。

 それでもデラは髪飾りを胸にしばらく抱き、ようやく暗い目と笑顔で「私の髪、伸びるのすっごく早いんだから!」と言った。

 そしてデラは、毛を焼かれた子猫のように飛びあがって、「そうだ、そうだ!」と大声で言った。

 ジムはまだ、このすてきなプレゼントを見ていない。デラは喜び勇んで、掌に乗せたプレゼントをジムに差し出した。鈍く光る貴金属は、デラの明るく輝く魂を反射してきらめくようだった。
「ほら、かっこいいでしょう? 街中を探し回ったんだから。これで、毎日百回は時計を見たくなっちゃうね。時計を出して。つけたらどんな感じになるか、見せてよ」

 デラに従うでもなく、ジムはソファーに倒れこむようにすわり、両手を頭の後ろにもっていって笑うのだった。
「デル、おたがいのクリスマス・プレゼントはしまって、しばらくおあずけにしよう。プレゼントが良すぎて、すぐには使えないよ。髪飾りを買うために、僕は時計を売っちゃったんだ。さて、骨付き肉を温めてもらおうか」

 東方の三賢者は、ご存知のとおり、賢い――それもすばらしく賢い――面々で、飼い葉おけにおられる赤子のイエスに贈り物を捧げた。三賢者がクリスマス・プレゼントというものを生みだしたのだ。彼らは賢かったので、贈り物も賢いものばかりだったにちがいない、すでに持っているものと重複した場合なぞ交換できたであろう。それに対し、家で一番の宝物をそれぞれもったいなくも犠牲にしてしまった、いまは平屋に暮らす二人の愚かな子孫のつまらない物語を、私はだらだらと語ってしまった。ただ最後に、昨今の賢人に物申すならば、贈り物をした全人類のなかでも、この二人は最も賢かったと言ってよいだろう。贈り物を贈り、受けとった全人類のなかでも最も賢い二人だ。どこをとっても、最も賢い。彼らこそ賢者だ。


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柳田麻里
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