Q3:翻訳できるんだから、通訳もできるんでしょ?
一言でいうと、答えは「私はできません」です。
そもそも翻訳と通訳を混同されている方が多いので説明しますと、翻訳は書かれたもの、通訳は発話(スピーチや会話)が対象になります。わざわざ翻訳と通訳を区別するのは、仕事内容と求められる能力が異なるからです。
翻訳と通訳の違い
翻訳は独学である程度勉強できてしまいますが、通訳は独学は厳しいです。特に同時通訳(あの聞きながら同時にしゃべるやつです)は、最低でも1年は訓練を受けないと無理、と通訳学校で聞きました。
私の場合は「帰国子女だから翻訳も通訳も当然できるでしょ」と質問されることが多くて、通訳の初級者コースを受講したことがあります。口下手な性格のため通訳は向いてないなと思いつつ、まあできないよりはできたほうが良いと思ったので。「アルバイトレベルでよければ」「緊急でどうしても通訳者をすぐに用意できないのであれば」と前置きしたうえで引き受けることはありますが、とてもプロ通訳者としてやっていけるレベルではありません。
一方で、通訳者は訓練の過程で翻訳も練習するので、通訳だけでなく翻訳もある程度できる人が多いです。『ハリー・ポッター』シリーズを訳した松岡佑子さんも、もとは通訳者だそうですね。会議通訳者は、その会議の議事録の翻訳をセットで受注することも多々あると聞きました。まあ、そのほうが合理的かなと思います。
字幕翻訳者の戸田奈津子さんはハリウッドスターの通訳者としても活躍されていますので、通訳もできる翻訳者もいるわけですが、少数派ではないかと思います。
「語学力=翻訳能力=通訳能力」ではない
けっきょく、この質問をされる方って、「語学力=翻訳能力=通訳能力」だと安易に考えてしまっているんだと思います。「語学力」は翻訳者と通訳者にとって必要条件ではありますが、十分条件ではありません。
たとえば英日翻訳者の場合、英語能力は当然として、日本語能力も一般人以上のものを求められるほか、以下の能力と経験も必要だなと痛感しています。
原文を自分で一から書けるだけの文章作成能力
原文を深く理解するための調査能力と読解力
読者を納得させる表現力
英語筆者と日本語読者の背景の違いに対する理解
英語と日本語の言葉のニュアンスや文法の違いに対する理解
担当する原文の専門知識
英日通訳者も英語能力と日本語能力は当然として、以下の能力と経験も必要かなと思います(あくまでも通訳アマチュアレベルの私の感想)。
どんなアクセントや癖も聞きとれる英語ヒアリング能力
はきはきと、わかりやすく話せる日本語スピーキング能力
人当たりの良さ、話しやすさ、礼儀正しさ
人の顔と名前と声をすぐに覚えられる記憶力
すぐに適切な訳語を引き出せるだけの語彙力と瞬発力
事前に通訳内容に関する知識を身に着ける調査能力と暗記力
翻訳も通訳も、努力(と先行投資)と経験がものを言う割に、社会的評価(と収入)が低いんだな、とこういう質問をされるたびに思います。どちらも語学力だけでできる仕事ではないのだということが、少しでも伝われば幸いです。