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【読書】大人にこそ読んでほしい~『ヒットラーのむすめ』(ジャッキー・フレンチ作、さくまゆみこ訳)~

たまたま図書館で目に付き、借りてみました。


もしヒットラーに娘がいたら、という設定で展開される児童文学です。北見葉胡さんの可愛らしい表紙絵が、手に取りやすい雰囲気を醸し出しているとはいえ、自分がヒットラーの子どもだったら、あの惨劇を止められたのかという、非常に重いテーマを持っています。


もちろん歴史にifはないわけですが、仮にヒットラーに娘が、しかも顔にあざがあり、足が少し不自由な娘がいたら、という設定は興味深いです。また、お話を聞いたマークが、次第に自分の頭で考えはじめ、周囲の大人に質問しはじめる過程も良いです。

「去年テレビでやってたでしょ。チャンネルを途中で映画にかえちゃったけど。ああいう番組は、見るのがつらいのよ。あんなのを、どうしてテレビで放送するのかしら」

p.40

主人公のマークに、ヒットラーについて質問された時の母親の答えの一部です。つらいに決まっていますが、でも目を背けてはいけないし、テレビで折に触れて放送し続けなければ、本当に知らない人たちが出てきてしまいますよね。


農場がもっと大きかったら息子たちは入隊を先にのばすことができたそうです。そして、ナチスの兵隊さんたちのための食料を育てることによって総統の役に立つことができたのだそうです。

p101

そういう理由の徴兵猶予もあったのですね。


「いいブタをつくるのは、脂肪なんだよ。脂肪ってのは、風味をよくするだけじゃなくて、肉をいい状態に保つ役目もしてるのさ。脂肪のないソーセージはまずい。おまけに、パサつくし、腐るのも早い。でもね、何を食べさせても脂肪がつくってもんじゃないのさ。脂肪を生み出すのは脂肪なんだ。ここが大事なとこさね。トウモロコシはいいよ。トウモロコシは脂肪と同じ黄色だからね」

p.104

「同じ黄色だから」はともかく、トウモロコシが飼料に使われる理由の1つを説明している気がします。


「統計の数字を見さえすりゃいいのに、だれもそんなことしないからさ。それどころか、テレビでインチキなやつがとんでもないこと言ってるのを真に受けて、それをありがたい福音みたいに受け取ってるのさ。それがほんとかどうかなんて、気にしてもいない。だれも、自分の頭で考えようとはしない。そこが問題なんだよ。証拠があっても見やしない」

p.115

スクールバスの運転手のラターさんの言葉ですが、現代への警句ですね。


ヒットラーやポル・ポトに子どもがいたと仮定した場合の、マクドナルド先生の答えも、心に留めておくべきです。

「その子に責任はまったくない。その子が父親と同じように思っていたとすれば、話はべつだけどな。そして、もしその子が、父親が悪いことをしたという事実を認めようとしないとすれば、それは誤りだ。過去にあった間違いをちゃんと見つめないかぎり、人間は同じような間違いをくりかえしてしまうからだ」

pp.123-124

ただ私は、「責任はまったくない」という部分には賛同できません。もちろん「罪」については、まったくないと言うべきでしょう。しかし、父親と同じ過ちを犯さない「責任」はあると思います。


マークの思考は、どんどん深まっていきます。

人は、正しいと思ったことをするべきだ。でも、正しいと思ったことが間違っていたら、どうなのだろう?
みんながしてることをやればいい、というのは、答えにならない。ヒットラーがやったことから一つわかるのは、国じゅうの大多数の人が間違っていたということだからだ。
当時の人たちは、ものごとをちゃんと考えていたのだろうか? 証拠を調べたり、ラターさんがいつも言ってるみたいに統計なんかを見たりしたのだろうか? それとも、ただ信じてしまったのだろうか? それも信じたかったから、という理由で。

pp.125-126


一瞬、自分が一九三〇年代にいて、ラジオがヒットラーによる虐殺を伝えているのではないかと思った。
でも、これは「今の」ことなのだ。人々は、今も、殺されつづけている。こういうニュースは、もちろんこれまでにも聞いたことはあったが、現実のできごとという実感がなかった……それに、これまでは、ちゃんと考えたこともなかったのだ。

p.134

アフリカでの虐殺のニュースをラジオで聞いたマークの反応です。遠い場所で起きたことも、実感を伴って想像できるようになってきたわけです。


「あのときのドイツの人たちも、わたしみたいな態度をとってたんでしょうね? ヒットラーのすることにはきっと反対だったと思うわ。少なくとも、すべてに賛成してたわけじゃない。でも、見たり聞いたりするのを避けてるうちに事態が進んで、気づいたときはもう遅かったのよね。みんなが目をつぶっているあいだに、ナチスの思うつぼにはまってしまったのよ」

p.145

想像の中のマークの母親の発言です。「見たり聞いたりするのを避け」てはいけませんよね。少なくとも、避けてばかりいることは、やめねばなりません。そうでないと、「訳者あとがき」にあるように、「ジーンズをはいて現代風のヘアスタイルをしたヒットラーが」「あらわれるかもしれません。あるいは、もうあらわれているのかもしれません」( p.221)。

 

巻末にある、「鈴木出版の海外児童文学 刊行のことば」が良いです。一部だけ、引用します。

子どもたちに必要なのは、自分の根をしっかりと張り、自分の幹を想像力によって天高く伸ばし、命ある喜びを享受できる養分です。その養分こそ、読書です。


子どもだけではなく、大人にも、あるいは大人にこそ読んでほしい本です。


見出し画像は、ベルリンにある広場です。ここで、ケストナーの著書をはじめ、ナチスが禁書とした本が焼かれました。




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margrete@高校世界史教員
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