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一生ボロアパートでよかった⑱

あらすじ
自慢だった新築の白い家が、ゴミ屋敷に変貌していく。父はアル中になり、母は蒸発し、私は孤独になった。
ーーー1人の女性が過去を振り返っていく。

 お金は持っていなかったのか。

 ええ、お金は持っていませんでした。財布は持ってきていたのですが、すっからかんでした。たしか100円と少しの小銭が財布の中にありましたが、とても3駅向こうの自宅まで辿り着けるような金額は持ち合わせていませんでした。財布の中のお金で切符を買うことも、Suicaにチャージすることもかないませんでした。

 父と一緒に帰るしか方法が無さそうだと悟ると、ますます自分が惨めに思えました。だって、辺鄙な田舎の北埼玉で働く父を内心散々馬鹿にしておいて、結局それに縋らないと家に帰ることすら出来ないのですから。それに父と家に帰るにも、父に尾行してきたことを白状しなくてはなりませんでしたから、全く私は馬鹿な真似をしてしまったと後悔しました。

 それでも父を待つしかないと覚悟を決めた私は、父の帰宅時間になるまで暇を潰さなくてはなりませんでした。私は散歩がてら駅をぐるっとまわって、道に迷わない程度に周囲を歩いてみることにしました。

 駅から少し歩いて寂れた商店街を抜ければ、閑静な住宅街でした。その一画に、我が家と雰囲気の似た同じような造りの家がたくさんありました。同じハウスメーカーの家なんだと思いました。白を基調とした家がほとんどでした。似たような作りなのに、住む人々の性格が反映されていて、家それぞれに個性が現れていました。

 一軒飛び抜けて綺麗で、目を引く家がありました。私はその家を見て、我が家と同じような家なのにどうしてこんなにも違うのだろうと思いました。

 その白い家は、朝の太陽が壁面にあたってキラキラと輝いていました。かつて初めて我が家を見た時の美しさに似ていました。庭木は剪定されていて、雑草が生えていなくて、代わりに庭は人工芝で綺麗に覆われていて、玄関先にはウェルカムボードを持った白ウサギの置物がありました。私は不思議の国のアリスのように、その白ウサギに吸い寄せられて、しばらくその家の庭を眺めていました。

 広くはないけど綺麗に整地された庭の人工芝の上に、小さなサーカーゴールが置かれていました。玄関前には幼児サイズの青のキックスクーターも置いてあったので、この家の子どもはきっと、元気いっぱいの男の子なんだと思いました。
 玄関先のプランターにはカラフルなお花が植えられていました。この家のお母さんはきっと、お花が好きで面倒見がいいんだろうと思いました。
 駐車場に停められていた車は大きくて、ピカピカに磨かれていました。きっとお父さんは車好きで運転が上手で、休日は家族みんなでお出かけするんだろうなと思いました。
 一階のリビングから繋がる庭のウッドデッキには椅子が3脚出ていて、夏には庭でバーベキューでもするんだろうか、と思いました。楽しそうだな、いいな、と思いました。
 そうやって庭を眺めてもう一度、どうして我が家とこんなに違うんだろう、と思いました。

 すると、突然その家の1階の窓が開いて、洗濯物を持ったお母さんらしい人がウッドデッキに出てきました。

 目が合いました。うわっやばい、と思いました。別に何もやばい事はしていませんでしたが、数週間引きこもりをして社会と断絶していた私にとってはやばい状況でした。心臓が飛び上がり、身体は縮こまってしまいました。穴があれば、アリスのようにすぐにでも飛び込みたい気持ちでした。

 そのお母さんは私に気付くとにこやかに「おはようございまーす」と大きな声で挨拶してきました。私はすかさず顔を地面に向けて、何も言い返さず足早に駅方面へ再び歩きはじめました。しばらくドキドキしていました。外の人に話しかけられたのが久しぶりで、すぐに声が出ませんでした。挨拶にすら返事ができない自分を情けないと思いました。あの優しそうなお母さんには失礼なことをしたと、心の中で反省しました。

 それにしても、あの家は我が家と似ているのに全てが違いました。なるほど、そうだ、この世はこういうものだったと私は思い出しました。

 人生にはアタリとハズレがあって、あれがアタリってやつなんだ。

 私はしばらく身体が縮こまったままで、周りの家々が大きく感じました。みんなアタリを引けて羨ましいと思いました。


つづく


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