
35歳、4,000円のボディソープを買う
日本にいたころ、子どもたちと入るお風呂タイムは至福の時だった。
「ママはお風呂と寝る前のラブラブタイムが好き!」と公言するほどだった。
スキンシップの効果は絶大だ。子どもたちのツルツルすべすべまるまるふくふくなお肌は気持ち良すぎて永遠に触っていられる。そこで2人をハグして十まで数えるのが好きだった。
バンコクに引っ越してから、湯船に浸からなくなった。
一応バスタブはあるけど、使っていない。理由は二つあって、ひとつめは、トイレや洗面台との仕切りがなく、水浸しになるのが嫌だから、ふたつめは、水質が気になるからだ。
今は狭いシャワーブースに立ったまま、ベルトコンベアのごとき流れ作業で2人の子どもの汚れを高速で落とす時間になってしまった。
そうすると、お風呂タイムは途端に輝きを失う。やらねばならぬことほど面白くないことはない。洗っている間もきょうだい喧嘩は起きるし、そもそも立ちっぱなしだからちっともリラックスできない。わたしはお風呂の時間まで、イライラして過ごすようになった。
変えたい。この苦痛の時間を変えたい。
わたしは自分がどうしたらご機嫌になるか知っている。
音楽を聴く(聴覚)、飲み物を飲む(味覚)、良い香りに包まれる(嗅覚)、この三つの感覚に働きかければよい。
🔽飲み物への愛はこちらで語っている
いつか、音楽への愛も語りたい…!(オーケストラサークル出身です)
お風呂の時間にパパッと気軽にできるもの…と言ったら、アレしかない。
そう、良い香りのするボディソープを買うしかない!!!

街へくりだそう♪ ってなんの歌詞だっけ…と頭の片隅でボンヤリ考えながら、気がつけばトゥクトゥクに乗っていた。バンコクの風を一身に浴びながら、ようやくそれが、一才を風靡したSPEEDの『BODY & SOUL』であることを思い出した。
いまは誰にも縛られたくない! という10代の少女の叫びに共感するミドサー(二児の母)。そうだ、わたしには良き香りのするボディソープが必要なのだ。高額すぎるという自己ツッコミや最弱の円といった為替相場に縛られたくない。
それで950バーツ、日本円にして約4,000円のボディーソープを買った。狂気の沙汰である。

選んだのは、HARNNというタイのブランド。タイのブランドといえばTHANNが有名だけど、スパ天国のタイにはいくつもアロマ系のブランドがある。
HARNNはゴージャスな香りが得意で、こっくり濃厚な香りをバスルームに充満させたいと考えていたわたしは、デパートで堂々と950バーツをキメてきた。
こんな高額なボディソープを買うのは、生まれて初めてだった。
特に美容に力を入れている訳でもなく、肌も強いわたしは、今までドラッグストアに売っている適当なボディソープを使ってきた。
いくら駐在員パワーといえど、たかが一馬力だし、今後の生活のこともある。二馬力だった頃に比べて可処分所得が大幅に上昇した訳でもない。
でも、4,000円のボディーソープを買った。
一回で⚪︎ml使うだろうから、このボトルで⚪︎回分、1日つき⚪︎円だな……と計算してしまう程度には庶民なのに、4,000円も、しかもただの石鹸にお金を使うなんてどうかしてる。
早速、その晩使ってみた。泡立ててみる。全然泡立たない。1プッシュで出る量が少なすぎるのだ。
さすが高級ボディソープ…!
仕方なしに2プッシュ使う。すぐさまお花の香りがシャワーブース中に広まる。
この瞬間、わたしは誰がなんと言おうと「アジアの姫」だ。自分で泡立てて自分で洗っているけど、わたしはアジアの姫なのだ。
「「ねーーママ良い香りするねぇ!!いいねぇ!!!」」
7歳と2歳が騒ぐ。足元にまとわりつく。それでもわたしは、アジアの姫だ。
はっきり言って、良い香りがするからといって無条件にリラックスできるわけではない。
パブロフの犬だ。体を洗うという、毎日必要な行為に五感を刺激するエッセンスを追加する。
良い香りがする。スイッチが入る。「ああ、良い香り。リラックス、リラックス。今日のイライラはすべて忘れよう。」
体を洗うだけなら市販のボディソープで十分だ。泡立ちだって良くない。それでもわたしはまた、4,000円のボディソープを買うだろう。
わたしは、「なにかを大切にしているわたし」が好きなのだ。それは食器だったり、ティータイムだったり、はたまた、丁寧に泡立てて良い香りに包まれながら体を洗う行為だったりする。これらは忙しい日常で忘れられがちだが、五感が刺激されれば、途端に思い出す。
イライラしている自分、暴言を吐きたくなる自分、それはわたしではない。
だからわたしは、好きなわたしでいる。4,000円で願いが叶うなら、この買い物はそんなに悪いものではないのかもしれない。

いいなと思ったら応援しよう!
