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文化は、繋がりの尊さを語らう場所


文化っていうのが最近、自分の周りをぴょんぴょん飛び回っている。
多分、今読んでる神道の本の影響。

文化。

文化的っていう単語にどきっとするのはなんでだろう。
文化の魅力ってなに、
そもそも文化ってなに。



・文化ってなに
文化の定義でいえば、だいたい
”ある社会組織内のおおよその人が、生活に取り入れている基本的なもの”
って言えると思う。

でも、私の感覚からすると、もう少し”伝統”みたいな要素が加わっているように感じる。
価値観や技術ってそんなにばばっと変わるものじゃないから、当たり前なんだけど。



・文化の魅力ってなに
文化の魅力を感じたとき、
文化に心がわさわさするときって必ず、何かの”エネルギーに触れたとき”。
美術の歴史を調べてどきっとしたり、コンサートに行ってどきっとしたり。

また、そんなに動的、生産↔消費的じゃなくても
例えば、家族と何気なく過ごしてる時、小さな子と親がしりとりしながら歩いてる時、とかも同様に、どきっとする。


すなわち、文化に心をゆすられるときは、
”エネルギーに触れたとき、特に見たものの背景にある労力や愛、時間を捉えられたとき”なんだと思う。
文化には、独自の世界観や背景があって、
広い目で見れば、全ての人やもの・ことが繋がっているような気がして。

私たちは繋がってるから、エネルギーが生まれる。



・暮らしと文化の関り合い
その”繋がりがもたらすエネルギー”は、
街の景観が一番象徴しているように感じる。

例えば、小ぢんまりした小さな神社一つでも、
文化的背景、設計した人、利用した人、材料となったもの、認知した人のすべてが影響され合ってて、ひそかに関係が築かれてて。
そんなそこはかとない関係性は、その神社が持つ造形的な美しさによって象徴されている。

そんな尊いことが、何気ないことっていう風に扱われてることの豊かさに、またどきっとしてしまう。



文化を感じ、関わることは
時間や目に見える世界を超えた、自分と世界の繋がりを確認すること。
「生きてると色々あるけど、自分たち何とかやれてるよね」
って静かに語らう場所を、文化は提供してくれてるんだと思う。

ついこの間の年末年始も、そうやって語らうために集まるのかなって。
(もう14日??)


昨今は、インターネットによってサブカルチャーなど一部文化の発達は目覚ましいけど、
その反面、フィジカルでの触れ合いや繋がりを実感することは少なくなってきている。
それは煩わしさからの解放で、すごく素敵なことでもあるけど
こんな流れだからこそ、目の前に散らばる文化的な事柄について、
少し丁寧に意識してみるものまた、暮らしの楽しみ方、感謝の仕方なのかもしれない。ですね。




なんだか、思想のお話は説教っぽくて心地が悪いですね。基本先輩方にお説教してると思うとなんだか (-_-;)。

thank you for reading~👋


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