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コンビニ、なんもない
まただ。そうか今日もか。
またやってしまった。
お腹が空いてコンビニに入ったはいいけど、もうコンビニには自分が食べたいものが1つもない感じがして立ちすくんでしまうやつ。
ないはずない。
コンビニは悪くない。
だって、あんなにたくさん食べもの用意して待っててくれてるんだもの。
ゆっくり選べるようにお部屋とか暖かくしてくれてるし。場所によってはWi-Fiとか飛ばしてくれてたりするし。
そうまでして
新500円玉と神10円玉
じいじと二人でコンビニに行った。
お会計するときに、じいじの小銭入れから出てきた500円玉に違和感を覚えた
「じいじ!!!これ新しいやつ!!」と、店員さんと私とじいじの三人しかいない店内にバカデカボイスを響かせてしまった。
「おお!!!写真!!写真撮ってくれ!!」
とじいじに言われ会計中に写真撮った。店員さんめちゃくちゃ微笑んでた。
結局、写真まで撮ったのに家族みんなに本物を見せようとな
唐揚げと餃子。ライブに行きすぎて音源を聴かなくなる曲もあるという話と共通している、ような話。
唐揚げが好きすぎて、好きすぎたが故に、唐揚げを食べなくなった。
一時期唐揚げブームがきていて、唐揚げをたくさん食べた結果、唐揚げの味を完全に覚えてしまったからだ。
飽きたから、食べすぎて嫌いになったから、ではないよというのは重要な点である。
もうわざわざ食べる必要がない。
いつでも唐揚げの味を鮮明に思い出せる。いまだって。あぁ、美味しい。そういう境地に達してしまった。
唐揚げが食べ物である
尊重と、それから仲間が欲しいね
わたしという存在が認めてもらえないこと、悲しいし悔しいし、何より、わたしの望むようなわたしであることを否定されるのは、存在していていいのかという不安や恐怖につながってしまう。
この恐怖は容易に二次的感情である怒りに結びつくし、だからこそ論理的な文章は書けないなと思ったから、自分にトーンポリシングをしない意味でも、社会的にこうあるべきと期待される中心的・典型的な文章ではない周縁を体現する意味でも、存
清々しく解散したplentyを聴く高校一年生の秋から数年経ちやはり私の中にはplentyのデジタルな音が刻み込まれているなと思い知らされる閉鎖された空間
本当にありえないと思った。
人の親切心を仇で返す、というか、利用して自身の欲を満たそうとする人間に吐き気がする。誰も、誰も助けてくれずに、恐怖心だけを待ち慌てふためき、何をすることもできなかった。涙すら出ませんでした。おかげで私はライブには行けず、電車に乗るたびに人混みに行くたびにそわそわし、肩を叩かれるだけで思い出し、腰回りや腕の強い感覚は忘れららない、ただでさえ怖がりなのに人気のない道では心が
成人式の日の話を今更に出す
成人式について、思ったことをそのまま思いつく順にダラダラと書く
2022.0109.12:15
成人式ってとてもおめでたい日だし、キラキラしてるし、だからまるで良いもののようにみんな言うけれど、あれば一つの絶望でもあるのだ、と式を目前にした私は感じている。
あれを終えたら私たちは子供に戻れないような、そんな気がしている。いつまでも子供心を忘れない、それは分かっているしきっとできるだろう。でもな
楽しいだけで生きるということ
あした朝起きたら5歳ぐらいに戻っていてこれまでの時間がすべて夢だったと判明したとしたら、これまでがんばったことが全部まぼろしになってしまったことにまずショックを受ける程度には人生頑張ってきたし、今も色んなことを目標に頑張っている最中だから、ちゃんと誇りを持つべきかもと思った。というか、最近になってそう思えている。
誇りを持つからには、自分に甘くなってはいけない、とか思う。自分に甘いのも、誇り高い
男とか女とか付き合うとか恋とかそんなんじゃなくて好きとか素敵とか美しいとか君とかそうゆう上澄みだけでも良い澄んだ綺麗な話をしていたいのですよわたしは
この日、バスに揺られながらお気に入りだって教えて貰った曲を聴いていて、その曲のための、空の色、太陽の光、海の煌めきに感じたことをバスからの風景を添えて送ったら、相手も「今日の写真が綺麗だったから」と湖の写真を送ってくれた。
私は好きとか愛してるよの言葉が欲しいんじゃなくて、綺麗なものを見た時にいつも思い出して欲しかったことを思い出したと伝えたら、「出来事や綺麗なものを共有することって本当に素敵だ