あの人、元気かなあ


少しのあいだ清澄白河にいた事があるのですが、そのころ仲良くなったあの人の本が、下北沢の小さな本屋さんに置かれていた。


よく通っていた穏やかな喫茶店、暖かな色の店内、ポップな外観、ホットドックと珈琲、天然果汁の生ジュースもいい、大きな道路の向かいにはお花屋さん、素敵でしょ。

最初は少し色落ちしたミドリ色とクリーム色のストライプに惹かれてふらっと立ち寄った。それからそこを気に入って本を読んだり物をかいたりするために頻繁に通うようになった。リアルタイム授業のない木曜日か、火曜日のお昼はだいたいそこにいた。


5,6回目くらいだろうか、席についてすぐ若い男の人に声をかけられた。

「本、置いてて、あのそこに、」

机上に目をやると、佐々木まなびの『雨を、読む。』が置いてあった。忘れ物でもしたんか。いい本読むなあ。と思ってその本を手渡すと

「あ、席、ここ座ってて、」

あ~そうゆうことね、席取の荷物が本ってことね!そう言ってよね~

慌てて席をたつと彼は申し訳なさそうに笑いながら座った。申し訳なさそうにするが席は譲らないんだね!


今まで気にしていなかっただけなのか、あれからなのかは分からないが、木曜日の昼過ぎに、彼をよく見かけるようになった。彼はよく落ち着いたカーディガンを着ていて、珈琲とサンドイッチを頼んでいて、背は私より高くてちょっと頼りなさそうで、かっこよくなくて、根暗ではないけれどちょっとコミュニケーションをとることが苦手そうな(偏見)そんな人だった。正直いま文章にして思ったけど、超いいこの感じ。

なんとなく会釈から挨拶に変わって、それから今日は雨ですねとか今日は授業ですかとか、ちょっとしたことも話すようになった。

私たちは次第に会話を増やし、いつごろからか、互いの共通の趣味である本の話やおいしいパンの話をしたり、お気に入りの本の貸し借りをしたり、たまに少し早く喫茶店を出て、寄り道して帰るような仲になっていた。ただ、お互いの私生活については話すことはなかったし、そこに行けば話す程度の距離感は保ったまま、だからもちろん連絡先なんてもっていない。し、必要なかった。


ある日、文学や本の良さについて半日語りつくした日があった。

「文字は無理やり形を見せようとしなくて、想像でどんな色にもなれるんです。だから、そうゆう点で言うと音楽もおんなじで、だから私は両方好きなのかもしれないですね」

「分かります。僕は、文字は見るたびに景色や音を変えるから、想像できるから、それって文字にしかできないことだから、だから好きですね~」

互いの本に文字に関する考えが似ていて、でもちょっと違くて、だから面白かった。深くかかわらないからこそ、深く話せた。今はそうゆう友達が増えて、私の考えや言葉を受け入れてくれる人が増えて、でもあの頃の私にはそんな人いなかったから、なんか面白かった。


「僕、本、いつか出したいんですよね、短歌集か詩集がいいかな、」

「短歌ですか?」

「ほら、前に貸してもらった、2や8や7、」

「広い世界と、?」

「そう、あれ読んでから短歌とか詩集ばっかり読んでてさ、綺麗な言葉が詰め込まれてて、文字だけの力強さ、すごいなってなってて、、」

「いつか読ませてくださいね」

「勿論。あおいちゃんも何か形にできるといいね」

「わたしは何も、行動力ないし、好きなだけで十分です」

「そうかなあ、きっと大好きでどうにかしたいと思うようになるよ、音楽でも文章でも、パンでも、きっとね。あ、ありがとうね、詩、」


嬉しかった。


私は清澄白河を出た。


出たというか、もともと住んでいたわけではないし友人の家に定期的に通っていただけなのだが。梅雨おわり、最後にあの喫茶店へ行こうと思ったけれど、雨がひどすぎて断念した。今日みたいな土砂降りで哀しいときの雨は、なんて読むのかな~~なんて考えてみたり。

また行けばいつでも会えると思っていたけれど、なかなか行く時間をとれず、あれから二度だけ行ったけれど、あの人には会えなかった。まあそんなもんよな

「清澄白河に住みたい」「小さい古本屋さんか、それかレコードショップ開いてパン屋さんを併設させるの」って、私の周りにいる人は聞いたことあるでしょ?これ書いてて思ってけど、この時の記憶に縛られてるような気がしてる。もしかしたらまた、なんて頭のどこかで思っていたのかもしれないなあ。



そして今日、小さな本屋さんで彼の本を見つけた。ほんとうにたまたま手に取った本がそうだった。作者の部分にかかれた名前は彼が言っていた本名みたいな偽名そのものだったから、間違いない。

光と植物についての本だった。

美しくて儚くて、優しくて、まぶしくてそんな本。彼らしい色というか、私が彼に見た色をそのまま映したような、

そんな、写真集でした。


植物の間から光が溢れていたり、雨水に乱反射した光でほとんど真っ白になっていたり、何が写ってるのかもわからない柔らかい光だけの写真、花は無かった。

会いたくなってしまった。覚えいなくても、久しぶりにあの人の姿を見たくなってしまった。

いまはどんな本をよんでいるのかな、まだサンドイッチ食べてるかな、まだあの場所へは来るのかな、元気かな。あなたの言った通りでしたよ。私は大好きな音楽や文章をどうにかにしたいと思うようになりました。進んでいるところです、そう伝えたらなんと言うだろう。

「おお、それはよかった、きっと成功するよ、きっと、」言葉尻のはっきりしない、ぼんやりとした声が想像できる。

私は良い方に変わった。あなたは?会わない間にどんな素敵な人になったのか、あれだけ文字にこだわっていたあなたがなぜ写真集をだしたのか、きかせてほしいな。



などと、その本を置きながら考えをゆらゆらさせると、肺の後ろあたりがぐっとなった。

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