音楽評#2 シンガーソングライター YUI/映画評#3 「サイドカーに犬」
期間限定無料だから聴いているだけ……試してるだけ…すぐ解約するし……のはずだったAmazon Music Unlimitedで、”あのころ”の音楽を聴いていると、懐かしさとか恥ずかしさとか痛みとかが入り混じった、何ともいえない心地の中で週末が終わる。それもまたきっと、夏の長い夜の楽しみ方なのだろう。私、大人だからね。
それで今週の私は、”あのころ”、2000年代後半の音楽のことを思い返していたので、中でももっとも印象的だったアーティスト、YUIについての回想をnoteする。
日本の音楽シーンにおける女性シンガーソングライターズの活躍は、当時ひとつのピークを迎えていた。陽の大塚愛と、陰の宇多田ヒカル、パワー系の絢香がいて、さらに上層にはもはや不可侵の神域におはしますaiko、JUDY AND MARYからソロに転じアップデートされたYUKI、ニヒリズムの女王椎名林檎らがいた。
で、私は、そのどの象限にも留まらず、ぷかぷかと漂っていた透明な海月、そういうイメージをYUIに対して持っている。上にあげたどのジャパニーズ・アーティストにも似ていないけれど、発声や旋律のパターンはミシェル・ブランチ、ロック性やギターパフォーマンスはアヴリル・ラヴィーンの影響を思わせる。YUIの英語の発声が異様にうまいのはたくさん洋楽を聴いていたからだろうか。
陰陽どちらにも振れることのできるバランス力があり、そのために、悪く言えば宇多田や大塚ほどの存在感を持たなかった人。でも、絶対性を獲得しなかったからこそ、低質なゴシップやスキャンダルに巻き込まれることも少なく、集中力の高い音楽を私たちに見せてくれた人。
それが私から見たYUIで、いろんなことがあった私の2000年代を肯定してくれた音楽だったと思っている。
さて私がはじめて耳にしたYUIは、Understandという曲で、2007年の映画「サイドカーに犬」の主題歌だった。
ある日テレビをつけると映画の広告が流れていて、竹内結子と古田新太という、派手さはないのに目立つ、奇妙なカッコよさをもつカップルが映った。
時代設定は1980年。髪にきついウェーブをかけて煙草をふかしまくる竹内結子はそれまで保ってきた正統派美人のイメージを煙草でガッツリ焦がし、大笑いしてみせた。美しいけど痛々しい、村上龍の小説に出てきそうな昭和ヒッピー風の竹内結子、そして彼女の相手役は「木更津キャッツアイ」でクレイジーなホームレス役を演った古田新太。
これはカッコいい映画に違いないやつじゃん……!
だけどCMで映画より先に主題歌を聴いてしまい、聴いてしまった私はひっくり返った。
夕暮れに伸びる影 幸せのかたちが変わる
ずっと一緒には 居られないから
この1フレーズだけで私は打ちのめされたわけだが、強烈だったのは、まず歌声と詩の内容のギャップ。
当時YUIは20歳。少し鼻炎っぽいけど空をどこまでも昇り、白い凧のようによく伸びる声。ハスキーだけど「若い」じゃなくて、まだ「幼い」というほうが言い得ていた。
その声が、歌ったのだから私は驚いたのだった。
幸せなどあっけなく変わると。
出会った人間とは必ず離れると。
こんな若い人が、ここまでキッパリと、もはや無常観とよべるものを歌いきっていることに衝撃を受けた。
こうなったらもう映画も観るしかなくなった。
以下、私は劇中の役名を忘れたので、すべて俳優名のみであらすじを手短に(いつもの如く、敬意を表して敬称略しております)。
これはいい感じにお洒落で自堕落な昭和の人々を描いた、小気味よい作品だった。ヒロインの竹内結子を中心に、登場人物は多くがデカダンス的な破滅の匂いを漂わせていて、つまり私好みの油断ならない一本、ということで間違いなかった。
女房に家出された古田新太は2児の父で、家事がなんもできず困っていたところに突然「オッス!」と竹内結子が転がり込んで来る。竹内は古田の愛人なのだろうけど、この映画はそういう倫理に踏み込まないで、ただ、このおねいさんは古田が好きなんだ、と描いて見せたところがいい。同様に、結子はただ、綺麗だ。ガサツな所作がそれを引き立てるほどに、綺麗なおねいさんがやってきた。
古田の長女、10歳の薫はこの綺麗だが頓狂なおねいさんと暮らすことになり、おねいさんから愉しい遊びも、いたずらも教えてもらう。脚をがばっと広げて座ったり、麦チョコを大皿に盛って食べたりするフーテンの竹内結子に、薫はだんだん親近感を抱いていく。
竹内は明るいのに、どうしてか時々ひどく悲しそうに泣いたりした。その理由も、この人がどこから来たのかも、どこへ行こうとしているのかも、この映画に起こるほとんどのことが、わからない。大人の世界なんて、わからないことだらけだ。ただ、こんな不可思議な竹内結子から、「ねえ、私の夏休みに付き合ってよ」などと言われたなら、誰だって一発でオチることだけが確かだった。
YUIはこの映画の主題歌に、Understandと題した。
古田と竹内の説明しきれない関係。信じたいのに信じきれない明日。身体によくないと知っていても煙で満たしたがる肺。そういう不条理を昇華もせず答えも出さず、不条理のままに歌うことが、yuiにとってさまざまな人間やできごとをUnderstand(理解する)ということなのかもしれなかった。
時が経ち、コンディションが変化することで、ぐにゃりと形を変えてしまう幸福も。無頼に、だらしなく生きることしかできない大人たちも。流れ星のような人がいきなりやってきて、いきなり去っていく寂しさも。どこまでも私たちは迷妄で、Understandすることくらいしかできないのかも、しれなかった。
責めてばかりいては 生きていけないよ
だって間違いばかり 繰り返すんだ
20歳にしてこんな痛切な詞を書いてしまう作家に接すると、何だかこちらが怖くなる。詞そのものへの怖れではない。格の違う才能にひれ伏す感じとも違う。彼女にこれを書かせた、書かせずにおかなかった彼女の経験はどんなものだったかと、私は想像してしまうからなのだ。
話はそれるけど当時は、豪華さはないけれど文学的要素の濃い単館系映画がたくさんあった。またそれらの作品に、竹内結子、新垣結衣、菊地凛子、と今となっては大女優の一角をなす人々がよく出ていて面白い時代だった。
「サイドカーに犬」も、その1つとして私の中にいまも光っている。
きっと遠くないうちに流行病が消え失せて、才気ある俳優たちがふたたび輝き、YUIがまた、痺れるようなナンバーを添えてくれることを願って。
〈映画作品〉「サイドカーに犬」2007年 原作・長嶋有 監督・根岸吉太郎
<楽曲>「Understand」YUI 2007年
〈参考資料〉
「ミシェル・ブランチ来日記念特集~その足跡と国内SSWへの影響を振り返る」Japan Billboard
「平静を代表する名曲・ヒット曲・アーティスト」オリコンミュージックストア
「サイドカーに犬 竹内結子単独インタビュー」