企業が本をつくるとは?事業会社で感じた「本の可能性と課題」をまとめてみました。
「紙の編集経験を活かしながら働けるIT企業がある」――そんな求人情報に引き寄せられるように株式会社LIFULLに入社してから、今日で丸2年が経ちました。
アナログ文化の出版業界から何もかもが先進的なIT業界へ、そして出版社でクライアント企業と本を制作していた立場から、事業会社で出版社とともに本を制作する立場への転身は、同じ「編集」という職種での転職とはいえ、想像していたよりもずっとハード。
入社当初は周囲の会話がよくわからず、聞きなれないカタカナ用語をメモして調べるのが日課でした。
最初は「場違いな転職をしてしまったんじゃないか…」と自問自答する日々。ただ、「場違い」と思うほど違う環境で本づくりや編集の仕事に向き合い、外から出版業界を見つめてみたからこそ、本というメディアの可能性や業界の課題に気づくこともできました。
そこで、今回は私が思う「企業で本を出版することの可能性と課題」を書いてみようと思います。
自身の経験ベースなので、もしかしたら業界の実態にそぐわないところもあるかもしれませんが、何かの参考になれば幸いです。
※この投稿内でお伝えする「本」は、主に紙の本を指しています。
▼私の職歴と転職の経緯はこちらから。
可能性①:紙の本へのニーズがまだまだあること
新卒の頃から紙の雑誌や書籍を担当するなかで、「出版は斜陽産業だ」と教えられ、実売数は右肩下がりの現状を目の当たりにした私。
それでも本づくりが好きで編集の仕事を続けてきましたが、特に紙の本のニーズは減っていく一方なのでは?と思っていました。
LIFULLに転職した理由も、紙の本が厳しくなっていくなかで、Webに対する知見もつけたほうがいいだろうという思いがあったからです。
事実、紙出版市場の規模が減少していることは否定できません。
しかし、「紙の本に対するニーズがまだ根強いこと」、そして「紙の本にしかできない役割があること」を業界の外に出て実感しています。
例えば、私が集客を担当する「LIFULL HOME’S 住まいの窓口」では、住宅関連のムック本をつくる出版社への編集協力という形で、様々なムック本を発売しています。
そのなかで、「ムック本を見て住まいの窓口に相談してみたいと思った」とおっしゃる方がかなりの数いるのです。
そしてその多くが、「住宅は大きな買い物だからこそ、本を読んでしっかりと情報収集したいと思った」というように、本を情報収集・事前勉強のツールとして有効だと認識しています。
・情報がまとまっていて知識を網羅的に習得できる
・繰り返し読み返せる
・保存して持っておける
・「勉強した感」を感じられる
など、紙の本にはWebや電子書籍にはない利点がたくさんあります。
そうした紙の本ならではの役割はまだまだ意義を失っていないこと、その利点を求める読者がいることは、本に携わる人にとって明るい材料なのではないかと思います。
可能性②:クロスメディアプロモーション施策の担い手として機能すること
様々なメディアの組み合わせで幅広い層への認知拡大を狙う、クロスメディアプロモーション。本がこうした戦略の担い手として力を発揮できることも、事業会社側で仕事をするようになって実感しています。
出版社の制作側だった際に携わったプロモーションは、書店でのプロモーションやネット書店での広告など、本を売るための施策が中心。
一方で、事業会社では、本を売るための直接的な施策だけでなく、本を通した自社事業の認知拡大なども含めてプロモーションを考えていくので、本の可能性が広がると感じています。
例えば、2022年の7月に角川アスキー総合研究所さんと共同で発売した『後悔しない街選び 超データBOOK』。発売にあわせてこの本のテーマである「街選び」を題材にしたYouTubeの生配信イベントを企画し、あわせてSNSでの宣伝を行ったことで、アーカイブも含めた再生回数は、2日で当初の予想をはるかに超える2万回を記録。YouTubeファンの方にも本の存在を知っていただく機会になりました。
「YouTube×本×SNS」のかけあわせがうまくハマった例だと思います。
最近は自著の発売記念イベントをYouTubeで行う著名人がいたり、本を発売したYouTuberが自分のチャンネルで宣伝したりすることもありますよね。
「YouTube×本」という組み合わせがメジャーになっていくなかで、本をフックに番組をつくるのもまた、新たな読者層の開拓につながる有効な手段だと認識できました。
可能性③:自社のコンテンツを充実させる契機になること
事業会社側に回ってみて思うのは、コンテンツは資産になるということ。
Web広告のように手っ取り早く効果が出るものではありませんが、貯まっていけばいくほど見てもらえる機会が増え、認知も上がっていく、累積効果が期待できるのは大きなメリットです。
実際、先ほど例に挙げた「住まいの窓口」では、出版する本が年々増えているのに比例して、本を見て訪れる人の数も増えています。
また、コンテンツが持つ資産性を「本」はさらに高めてくれるものだと思っています。
Webの記事にも質の高いものはたくさんありますが、「印刷したら直せない」プレッシャーや、制作に携わる人の多さ、文字数の制限があることなどから、紙の本のほうが質が高くなりやすい側面は少なからずあると思うのです。
実際、コンテンツとしての質の高さを期待して、情報収集手段として本を選ぶ人も少なくないはず。
そうした質の高い本の内容を二次利用できる、逆にWeb記事を書籍化することで質をさらに高めたり、読者の間口を広げたりできる…など、本とWebを両使いすることで、自社のコンテンツの充実が図れます。
実際、自社でWebメディアを持っている企業なら、本の内容をWeb記事で連載したりもできますし、メディアがない企業でもSNS(noteなど)で発信するときの材料などになりえますよね。
こうした活用ができるのは、コンテンツマーケティングの観点で大きな意義があると思います。
ちなみに私の会社で手掛けたものだと、以下のような例があります。
◆本→Webへの転換例(※ムック本『家を買Walker』内の記事を、Webメディア「LIFULL HOME’S 住まいのお役立ち情報」へ転換)
https://www.homes.co.jp/cont/town/town_00253/
◆Web→本への転換例(※Webメディア「LIFULL HOME’S PRESS」内の記事を、ムック本『後悔しない街選び超データBOOK』へ転換)
と、ここまでは可能性についての紹介でしたが、続いては課題と感じていることについてです。
課題①:「効果測定」の概念にズレがあること
出版社と企業との間の「効果測定」の考え方には、大きなズレがあると感じます。
具体的には、出版社が指標とする数字と、企業が求める数字が異なるというのが正確でしょうか。
多くの出版社が追いかける数字は、実売数や売上、もしくは書店のランキング順位など「本が売れたかどうか」といった観点の数字(もし違う出版社さんがいらしたらすみません)。
企業と本をつくっていれば、その他の効果にも気を配っているはずですが、それを数字として測定する習慣のある出版社は少ないように思います。
一方で、本をつくる企業側が求めているのは、
・出版によって得られた効果(ブランディング効果、採用に与えたインパクトなど)
・本にかけた広告費が売上にどのように影響したか
・出版全体での費用対効果がどうだったのか
といった、本を出版したことでの効果を示す数字。かつそれをできるだけ明確な形で把握すること。
企業規模が大きくなればなるほど、数字で具体的に見える効果が大切になってきます。そのため、企業と出版社が一緒に本をつくるうえで、こうした認識のズレがネックになっていると思うのです。
もちろんオフラインの紙の本の効果を数値で示すのは、難しい部分もたくさんあります。
ただ、企業側が効果を具体的に算出するための指標を提示できたり、参考になる事例が用意できたりすれば、出版社側ももっと企業との出版がやりやすくなると思います。
課題②:出版社が「本づくり」の領域にとどまってしまっていること
最後はなんだか偉そうにモノを申すような内容になってしまいますが、出版社への提言を含めた課題です。
本はかつてメディアとして圧倒的な力を持っていただけに、出版業界にはその当時の文化が根強く残っており、よくも悪くも変化の乏しい会社が多いと感じます。本づくりというクリエイティブな領域に踏みとどまってしまっている、とでも表現できるかもしれません。
この投稿で触れてきた、「企業との本づくり」に参入する出版社も近年増えています。経営に危機感を持ち、企業との連携を重要な一手と考える出版社も少なからずあるはずです。
ただ、そうした出版社も含め「本が絶対的な力を持っていた時代の感覚」が抜けず、「企業に代わって本をつくっている」ようなスタンスの会社が多いとことは否めません。「企業と本をつくって、ビジネスシーンに活用していくことに本気で取り組んでいる出版社」はまだまだ少ないと思うのです。
先ほど効果測定の概念の違いを指摘しましたが、それも出版社側に「本をビジネスに活用する」視点が欠けているからではないかと思います。
先にも触れたように、本というメディアにはまだまだ様々な可能性があり、長い歴史を歩むなかで育まれてきた文化にも良いものがたくさんあります。
だからこそ、その良さを活かしながら企業のビジネスに活用していくことを、企業と出版社がお互いに本気で考え、感覚を近づけていけば、良いシナジーを生み出せるのではないでしょうか。
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偉そうにいろいろと書いてきましたが、私自身、新卒の頃から出版業界で育ててもらい、編集というスキルを身につけさせてもらっていまだこの職種で働き続けられていることに、とても感謝しています。
だからこそ、本の新たな可能性を見出していくこと、本の良さをよりよい形でビジネスに活かしていくことに大きなやりがいと意義を感じてもいます。
ここに挙げたものも含め、本の可能性をさらに引き出し、改善の一端を担うことが私の目標でもあります。
そのために何ができるか。模索しながら、3年目も引き続き精進していきたいと思います。
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