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【上野・珍々軒】高架下で”ラーメン炒飯”を語る女子 / 後篇(新感覚ショートストーリー)
特盛炒飯の誘惑
熱々の炒飯用のスープがテーブルに置かれた。
ネギたっぷり、しかも量が多くてビックリ!
やっぱり厨房のお兄さんが調理していた炒飯がそろそろだ。
「おっ、きたぜ」
タカちゃんと雄大くんがそろって歓声をあげる。
ドドドーンッ!
炒飯皿が四枚、あたしたちのテーブルにとどいた。
「えっ、七海さんも炒飯一人前いけるクチ?」
誰にともなくつぶやく。
「わたし、炒飯大好き。咲菜ちゃん、ギャル曽根並みに食欲旺盛だってね。余ったらぜんぶ咲菜ちゃんにあげるねー」
どこまでも無邪気な七海。
七海の天然っぽい棘に気づかない男どもは、ひたすら炒飯に向かった。
あたしも気を取り直し山盛りの炒飯をレンゲですくう。
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ああ、なんてかぐわしい香りなの。
炒めたばかりのホッカホカの湯気が、食欲の誘いになってあたしの鼻孔を攻くすぐる。
ひと口ほおばってみる。
角を感じない、優しい塩味が舌の上にひろがる。
玉子は必要最小限で、細かく刻んだチャーシューが適量みえる。
ざっくりカットされたネギの存在感が誠にバランスがいい。
これは、こってりでなく、あっさり系だね。
しかし量は大盛りを超えて、特盛にちかい。
男の子が通うのが分かるわ。
半分ほど食べ進めると、ほの~かに醤油を感じる。
甘みのある醤、チャーシューを煮込む時のエキスみたい。
焼き豚の煮汁をONするなんて正真正銘の反則技だよwww
大きな椀のスープをすすってみる。
ツンと、生姜特有の爽やかな味覚。
脂っけの多い炒飯がすすむ黄金のマッチングにニヤッとしてしまった。
マツコの番組で3大炒飯に選ばれた理由が分かる気がした。
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改めてメニューを眺めてみた。
やっぱりね。
自家製焼豚が、バラとブロックで売られているじゃない。
この店の自慢の品なのだ。
少なめのチャーシューでもこれだけ大きな存在を示している。
まさに、この煮汁のおかげね。
あたしは大いに納得して、惜しむように最後のひと口を頬張る。
「あ~美味しかった!」
「だろ、咲菜はきっとこの炒飯を気に入るとおもったよ」
とっくに食べ終えて余裕のタカちゃんが目を細めた。
デートにしてはヘンテコな感じだけど、あたしはそれでも満足だった。
王道の醤油ラーメンの神髄とは!?
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つづいて、ラーメンが登場する。
具材はチャーシューに、メンマ、さやえんどう、ネギといたってシンプル。
家系フリークのあたしだけど、こんな醤油ラーメンもたまにはいい。
特に、餃子とビールに、特盛の炒飯を食した後だけに、程よいこの素朴さが救いの神におもえた。
タカちゃんが大量の胡椒をかけた。
ええっ?
なんと雄大くんがお酢をかけている。
ちょっと驚いたけど、美味しいのかな?
あとで真似してみようっと。
さて、まずはスープから。
レンゲのなかの液体は、それ自体のカラーが美しい。
琥珀色に輝くってまさにこのことだ。
天然のテラス席にそそぐ、太陽がレンゲの中で光り輝く。
ひと口ふくむと、炒飯用のスープとは微妙にちがう気がした。
生姜と脂の量だろうか。
でも背脂増しじゃないのに、こんなにおいしいなんて。
東京ラーメン、やるじゃん。
すこーし見直したかも。
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メンマは市販のものだろう。
大振りで太目のメンマがたくさん浮かんでてうれしい。
味付けは濃いけど、スープがあっさり系だからよく合うね。
タンメンもあんかけ系も有名なお店らしいけど、最初は定番。
ラーメンは素で勝負するのが潔い。
きっと定番の具材が長く愛される秘訣のひとつなのかもしれないな。
70年以上、ガード下で営業できてきた理由が垣間見えた気がした。
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さぁ、伸びちゃうまえに、麺いってみようっと。
ここのは中太のやや縮れ系のよう。
本当にごく普通のラーメンのビジュアルだ。
再放送で見た、おばけのQ太郎に出てくるラーメン小池さんが食べてた”ザ・ラーメン”ってこんな感じだろうってヤツw。
麺をリフトすると、ホワァっと湯気が立ち上った。
適度なシコシコともっちり、茹で加減はさすがの◎。
これなら炒飯のあとでも、軽くイケちゃうかも。
今日の大食い選手権、やっとエンディングが見えてきた。
あたしは、少しホッとして麺をすする。
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さぁて、自慢のチャーシューがこれ!
厚めカットで、これまたラーメン好きにはたまらんサービスじゃん。
脂身とお肉の配分が絶妙で、人気なのが分かるぅ。
デート中じゃなきゃ、弟へのお土産にしたいくらい。
炒飯で膨れた胃袋だけど、どうやら平らげることができそう。
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「か、かんしょ~~~く!」
あたしはタカちゃんたちに向かってピース。
「すげえな、咲菜。マジ美味しそうに食べるよなぁ」
タカちゃんが手を叩いて称えてくれる。
やったね、これで今日の優勝はあたし。
この後はデートで散策して、カロリーを消費しなきゃ。
決戦の金曜日
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「咲菜ちゃん、これ食べてぇぇ」
舌っ足らずな口調で七海が残した炒飯をあたしの前に置く。
「ええっ」
咄嗟のことで、あたしはどう答えたらいいのか分からない。
だってこれ、ほぼ手つかずじゃん。
ありえん、ありえん。
「七海、ひと口でお腹いっぱい。ラーメンのほう集中したら残しちゃった」
じゃ、なんで頼んだんじゃい!と突っ込みそうになる。
「こんなにおいしい炒飯は滅多に食べられないよ。ほんとにもう食べないの?」
「うん、咲菜さんがすごい勢いで食べてるから、きっともっと食べたいんだろうなって。だから、七海のあげる」
七海がわざと残したのだ。
「七海は優しいなぁ」
雄大の能天気なのろけに、殺意をおぼえる。
えーい。
あたしは覚悟を決めた。
「なんだ。七海さんたら優しいね。もうちょっと食べたいと思ってたんだ」
あたしは、七海がひと口だけ口をつけた炒飯に向き合う。
胃も心も身体中にラーメンと炒飯で満杯だ。
それでも、これは女の意地。
売られた喧嘩、勝たなきゃ負けだ。
こいつだけに負けるわけにいかない。
よっしゃ!
「咲菜、無理すんなよ。俺も手伝う」
タカちゃん、ほんと優しい(涙)
「咲菜さん、タカの言った通り、マジ大食いなんだね、俺尊敬しちゃうな」
「ほんと、ほんと。そんなに細いのに大食いなんて。七海、うらやましい」
七海の目の奥に、底意地の悪い光が宿っている。
「タカちゃん、もう大丈夫。あとは食べられるから」
せっかくタカちゃんがヘルプしてくれたのに、あたしは七海に勝つために、残りの半分を冷めたスープとともに一気に流し込む。
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すべて完食したあたしたちの後ろには、たくさんの行列ができていた。
「おはちゃん、お勘定お願いします」
「はい、〇●円になります」
一見ぶっきらぼうなようだが、おばちゃんのテンポは小気味いい。
「ごちそうさま~~」
「ごちそうさまでした~」
「まいどありぃ」
おばちゃんの声に送り出されて店を後にした。
あたし史上最低最悪の出来事
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高架下の餃子専門店”昇龍”がみえた。
さすがにあたしのカラダは全身でこれ以上の中華摂取を拒んでいる。
アメ横に入ると、多国籍な人の声があふれていた。
弟と来た数年前とはうって変わって、チャイナ、韓国、タイ、中東といった異国情緒が混在していて、あらゆる店や食材売り場が所せましをひしめいていた。
ABCマートで無邪気にスニーカーを物色している七海と雄大くん。
あたしは、歩くのもついていくのも精いっぱい。
「咲菜、だいじょぶ?」
そんなあたしをタカちゃんだけが心配してくれる。
「さすがに、食べ過ぎたみたい。すこし経てばおちつくとおもう」
雑誌でよくみる白山眼鏡店を冷やかし、中田商店の最新ミリタリーを物色する。
いつの間にか、七海がチョコバナナクレープを頼んでいる。
あたしの食道から脂っぽい気体がこみあげる。
「雄大、わるいけど、俺たち先に池のほうで休んでる。買い物終わったら、適当に合流してこいよ」
タカちゃんがあたしの手を引いて、歩き出す。
そのペースがゆったりとして、やさしさをひしひしと感じた。
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不忍池についた。
辺り一面に蓮が生い茂って、青々とした大きな葉の上を涼やかな風が通り抜けていく。
先ほど胸にこみあげた脂臭さが消えていく気がした。
「咲菜、ひと口飲むといいよ。消化にいいらしいから」
そう言って、タカちゃんはブラックの缶コーヒーを渡してくれる。
冷えたブラックは胃酸を中和してくれるようで胸のあたりがスッーとした。
「池なのに、水が見えないほどの蓮ってなんだかすごい。この世の景色じゃないみたい」
消化に集中していた脳がようやく覚醒してきたみたい。
「おーい、タカ!」
雄大くんの声にふり返る。
「おまたせー。はい、これ咲菜さんに買ってきたよー」
七海が手に持っていた物体を差し出した。
にんにく臭が香る巨大な”から揚げ”だった。
七海があたしの鼻先に、から揚げを押しつけた。
う、プチッ!
あたしのなかで何かが弾けた。
ラーメンのモチモチした麺、生姜香る汁、ニンニクが入った餃子の餡とモチモチした皮、苦いビールと先ほど飲んだばかりのコーヒーの黒い液体が混然一体となった”すべてのモノ”が弾けたのだ。
太陽に反射して輝く放射線状になったあたしの”すべてのモノ”が七海の橙色のミニスカートに飛んでいく。
「ぎゃーぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
爽快な風にのって、七海の雄たけびが蓮の葉の上をこだましていく。
あたしの夏
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七海は散々泣き喚き、なだめる雄大くんを困らせた。
タカちゃんが、そんな二人を抱えるように、駅のほうへもどっていった。
あーあ、ついにやっちまった。
胃のなかのすべてをぶちまけ、あたしはいっそ清々していた。
曇りがちだった午前とはうってかわって、お日様がニコニコしている。
白や紫、艶やかな群青など、6月の花”紫陽花”が見事に咲き誇っている。
あたしをみて、あたしをみて、と競い合っているかのように。
あんなバカなこと言わなきゃよかった。
あんな無理してドカ食いしなきゃよかった。
でもすべてはあとの祭り。
だって。
ああでも言わなきゃ、タカちゃんとデートできなかったし。
大好きになりかけたけど。
「タカちゃん、さようなら」
蓮の緑色がぼやけてみえる。
温かい水滴が頬を伝っていた。
ああ、あたし、まだ泣けるんだ。
恥ずかしくて、悔しくて、涙がつぎつぎと溢れてくる。
「咲菜」
逆光の中、大きな影が立ちふさがった。
「やだよ。咲菜とさよならなんて」
濃い紺色のハンカチを渡された。
あたしは恥ずかしくて、涙を拭いた。
ぼやけた目の焦点に、大好きな顔が浮かんだ。
「タ、タカちゃん?」
どうして?
大食いでもないくせに、バカみたいに無理して、恋人候補の前でぶちまけた最低最悪の女子のあたし。
「これ、飲みなよ」
タカちゃんの手には、冷えたミネラルウォーターが握られていた。
「うん」
素直にひと口飲むと、新たな何者かに生まれ変わった気がした。
「咲菜が無理してるのわかってたよ。美味しそうに食べる女の子が好きって言った俺を喜ばすために無理してるんだって」
「・・・・・」
「七海ちゃんの炒飯。あれはレッドカードだよなー」
あたしの目から今度はうれし涙がこぼれてきた。
「タ、タカちゃん。分かってたの?」
「当たり前じゃん。これから彼氏になるんだから、そのくらい分かってて当然でしょ」
あたしの目から池の水がすべて吹き出すように、柔らかく温かい涙があとからあとから止まらない。
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見上げると、こわいくらいの紺碧と真っ白な入道雲が広がっている。
「タカちゃん、ありがと」
「バーカ。咲菜、もうおれの前で無理すんなよ」
あたしたちの夏は、いまからはじまる。
[完]
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撮影・執筆 / 虎(フー)