どうして僕たちは文章を書くのか
よく昼間の月の夢をみる。
昼間の月は小さな窓の先に浮かんでいる。
窓は小さすぎてほとんど何も切り取ってはくれないのだけれど、決まって昼間の月だけはその窓枠の内に姿を現している。夢の中で見つめる月は、たいていの昼間の月がそうであるように、薄く、淡く、どこか儚げである。そんな頼りげのない球体が、唯一覗ける青空の大方を毎回埋めてしまっていることに対して、僕は素直に喜ぶべきなのだろうか。
分からない。
月を眺めるのに飽きると、僕は一度深呼吸をする。そして、窓の外に広がっているであろう無限の世界について想像する。四角く切り取られた僅かな世界の一片が、僕を夢想の世界へと誘ってくれることを強く希求する。
夢の中で想像するなんて、ちょっと不思議な話だけれども。とにかく景色を膨らませ、イメージを広げる。小さく折り畳まれた折り紙をゆっくりと開いていくみたいに。それは少しずつ僕の目の前に広がりを見せてゆく。
背高く伸び切ったススキ。ゆらゆらと軽やかな匂いを運ぶ風。さびれた線路。うすい子猫の昼寝(何故だか分からないが子猫が透けて見えるのだ)。屋根の上に取り残されたバスケットボール。大抵はなんでもない、ありきたりな景色が浮かんでくる。愛しい人のことを考えるみたいに、自然で優しい想像が膨らんでいく。肩の力を抜き、ストーリーに身を任せれば、音楽のようにそれらはやってくる。
誰にだって夢を見る資格がある。
誰にだって世界のその先を想像する資格がある。
雨降りのように楕円の空間をなした夢の中で、
あなたの可能性は果てしない。
やがて、物語はさらに深い場所で語り出される。
その世界であなたは一本のペンを持っている。
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