"老化は治療され、「死」がなくなる未来" デビッド・A・シンクレア 「LIFE SPAN」
読書メモ#11です。遺伝子研究が進み、老化を"病気"として捉えてその治療の最先端を走るハーバード大学の遺伝子医学博士が執筆した「LIFE SPAN」の読書メモです。
「死」がなくなる世界、と言う想像し難い話が実は現実的なものになりつつあるそうです。
もちろん事故など瞬間的に身体が壊滅するレベルの損傷を負った場合などはその限りではありませんが、少なくとも老化がなくなることで単純な老いによる死だけではなく、老化によって発症リスクが高まる様々な難病への予防にもなるということが述べられています。
そんな遺伝子研究の最先端の現場から、人間の老化が病気として治療可能となった未来の話、そしてまだ老化治療が実現に至っていない現在の世界で我々ができることが書かれています。
実はこの本は出版した東洋経済新報社が8月に主催したこの本に関する読書会に参加する際に、発売前のゲラの状態のものをいただいて読んでいました。読書会でも様々な意見が交わされ、人によって様々な考え方や捉え方のできる面白い本です。
老化治療の鍵はエピゲノムの再生
いきなりですが、ここの内容はちょっと自分が理解できてるか自信薄なため読み飛ばして頂いても構いません。
本書の半分以上は、老化に対してこれまでどのような研究がされてきたか、という遺伝子系のやや高度で学術的な話なので、きちんと理解できていないかもしれませんが雰囲気だけざっくりメモを残します。
DNAの中には「ゲノム」と「エピゲノム」という2つが存在しており、ゲノムは遺伝子の情報がデジタル的に書き込まれたもので、エピゲノムはそのゲノムに対して「髪の細胞になれ」や「腎臓になれ」というアナログな指示を出す機能を持っています。
昔は老化の原因としてこの「ゲノム」が劣化してしまうことだったり活性酸素のような化学物質が遺伝子に変異をもたらしたり、、みたいなことが考えられていたのですが、最新の研究ではいずれも否定されています。
実はゲノムは劣化せず、そのゲノムに司令を出しているエピゲノムの劣化が細胞を老化させていることがわかってきました。
本書ではCDとレコードの例えを用いていましたが、ゲノムはデジタル的に情報が記録されているいわばCDなのに対し、エピゲノムはアナログなレコードに近いとのこと。ゲノムはCDと一緒でどれだけ使ってもその中の情報が劣化することはありませんが、エピゲノムはレコードのように次第に摩耗し、劣化していくものなのだそうです。
しかし、そのエピゲノムの劣化を逆戻しにする技術(リプログラミング)が昨今の研究で確立されつつあります。この技術が実現できれば、多くの人が容易に150歳まで生きれるようになると言います。
その鍵を握っているのが、あのノーベル賞受賞者山中伸弥教授の研究によって発見された「山中因子(iPS細胞)」で、それを「なんか上手いこと」することでエピゲノムの再生スイッチを起動させることができるそうで、実際にマウスを使った実験などでは成果を上げています。
劣化してしまった細胞の中でもデジタル情報として記録されているゲノムには細胞が若かった頃の情報までしっかりと残っているそうで、再生されたエピゲノムによって再度ゲノムの情報を読み込んで実際に細胞が若返らせるのだそうです。
病気の新薬を開発するよりまず老化を食い止めろ
この部分が本書の一つの大きな訴えの部分でもあります。老化を止める薬の開発はコスパが良い、というはなし。
毎年人々を苦しめる難病に対して研究が進み、新薬が開発されています。
例えば糖尿病新薬開発には年間147,199ドル。
がん治療薬には498,809ドル。
一方、老化を病気として捉え、同じように老化を10年間抑止するための新薬の開発にかかる費用は8,790ドル程度でよいと推察されています。
糖尿病やがんに苦しむ人にとってはもちろん新薬の開発は望まれるべきものですが、実はそのいずれの病の大きな原因の一つが老化であることは明白です。糖尿病もがんも若い人よりお年寄りがかかる確率が圧倒的に高い。
しかし、まだ世界では「老化は病気である」という認識がありません。糖尿病やがんは頑張って治そうとするのに、その根本にある老化は不可避なものとして考えられ、どの国でも研究や新薬開発にほとんど予算が割かれていない状況にあります。
いち早く、世界は老化を治療可能な病気として捉え、早急に研究を進めさせることを本書では強く訴えています。
今からできる老化治療「断食」「運動」「寒さ」
研究が進み理論が確立しつつある老化治療ですが、まだ実際に人体へ使用するには超えなければいけないハードルが数多く存在しています。
しかし、科学的な治療法が確立していない今からでもできる老化治療があると言います。それは断食を含めた適切な食事と運動、そして寒さに身体にさらすことです。
いずれも単なる健康法というものではなく、身体に自らストレスを与えることで細胞に原初から備わっている力(サバイバル回路)を発揮させるスイッチを押すというもの。現代は食べ物はすぐ手に入り、快適な温度の空間で一日中過ごすことができてしまいますが、それによって細胞が本来持っている力が発揮されず、徐々に老化が進んでしまうといいます。以下で少し詳しく見ていきます。
1.適切な食事と軽い断食
まず自分の食べ物を見直すことは最高の出発点だといいます。
【食べすぎないほうが良いもの】
まずは肉や乳製品などの動物性タンパク質と砂糖(炭水化物)。
実は良質なタンパク源とされている卵や魚、鶏肉も制限すべき対象とのこと。
これらは細胞の老化を促進するだけでなく、動物性タンパク質には心血管系疾患や発がん作用が確認されているそうです。(ちなみに最悪なのはハムやソーセージなどの加工肉だそうです。)
さらに一般的には身体に良いとされるタンパク質の要素である「アミノ酸」も摂り過ぎると細胞のサバイバル回路起動の妨げになるそうでやめるべきと書かれていました。昨今はプロテインなどで手軽に大量のタンパク質が摂取できるため飲んでいる方も多いかと思いますが(自分も毎日飲んでいますが、)必要以上のタンパク質、アミノ酸の摂取は控えることが推奨されます。
【食べたほうが良いもの】
逆に野菜や豆類、雑穀は積極的に食べるべきと書かれています。
特に先に述べたタンパク質に関しては、大豆などの豆から摂るよう心がけることで、もともとタンパク質の含有量が肉類に比べて少ないためそれだけでタンパク質の過剰摂取が抑えられるとのこと。
【カロリー制限をする】
摂取カロリーと細胞の長寿化には明確な相関性が確認されています。
世界的に長寿と言われるコスタリカの一部地域や沖縄などを調査したところ、どこも一人あたりの1日の摂取カロリーが周辺地域の平均値よりも少なかったことが確認されたそうです。例えば沖縄の成人の1日の摂取カロリーは本土の人間より20%も低かったそうです。
これは摂取カロリーが少なくなることで細胞のサバイバル回路の起動が促された結果だと考えられています。
【軽い断食をする】
普段の食事の量を変えずにサバイバル回路を起動させるには定期的に軽い断食を行うと良いそうです。週のうち2日程度摂取カロリーを普段の半分にしてみる程度でも効果があるとのこと。
サバイバル回路の起動には「空腹感」が必要なのだそうで、お腹が空いたらすぐ何かを食べてしまうのではなく、しばらく空腹の状態を維持するような習慣があると良いそうです。
2.運動する
サバイバル回路の起動には、運動による適度な肉体へのストレスも効果的です。1日5~10分程度走るだけでも細胞に変化が現れることが研究で明らかになっています。
ちなみに最も効果的なのはHIITと呼ばれる高強度インターバルトレーニングを行って自身の最大心拍数の70~85%まで高めた状態を維持するもの。超キツイみたいですが、DaigoもYouTubeで紹介していました。
https://www.youtube.com/watch?v=uW0RkKtBr7o
3.寒さに身を晒す
厳しい気温環境に身を置くこともサバイバル回路起動のスイッチとなります。特に、冬の時期にタンクトップ一枚で一定時間外にいた場合細胞の若返りが確認されたという実験もあります。
逆にサウナなどの高温状態でも同様の効果が得られる見込みもあるそうですが、こちらに関してはまだ研究が深堀りされていない状況だそう。(取り組むなら年中入れるサウナのほうが実践しやすいとも思いますが)
ただ筆者は習慣的にサウナに入って水風呂にゆっくり浸かっているそうで、サウナに入るだけではなくやはり冷たい水風呂に入ることは健康に好影響を与えるようです。
遺伝子組み換え食品が普通になる
前述の通り、健康に長生きするためには適切な栄養を適切な食べ物から得る必要があります。(小学生も知っている事実)
しかし、将来は今以上の食糧問題と対峙しなければならない状況にあります。
人口増加が著しい上に経済的に苦しい後進各国では今もバランスの良い食事を得ることが困難で、どうしても穀物やイモなどの炭水化物過多となって健康を害しているという事実があります。
そこで本書では遺伝子組み換えなどで人工的に栄養や大きさが操作された食料が受け入れられて、普及していくことが必要と訴えます。
また、本書では取り上げられていなかったと思いますが、フードプリンタの技術も日々進化しています。最近ではイスラエルのスタートアップがステーキ肉の食感をリアルに再現した肉のプリントに成功したらしいです。
https://www.businessinsider.jp/post-219661
ウェアラブルデバイスによって世界の健康状態をモニタリングする
本書ではウェアラブルデバイスの普及にも言及しています。
ウェアラブルデバイスから吸い上げられる体温や脈拍などの健康情報を集中的に管理、モニタリングすることで地域ごとの健康データ傾向を把握し、パンデミックの抑止をすべきというもの。(ちなみに本書がアメリカで発行されたのが昨年の9月だったのですが、その半年後に本当に世界的なパンデミックに見舞われてしまいました。)
さらに本書では、身につけるのではなく腕などの身体に埋め込むバイオセンサーの普及も予言しています。最近では失明者の脳にデバイスを埋め込んで脳に直接映像を送る装置の実証実験が始まるというニュースもあったり、イーロン・マスクも参入したりと今後ますます注目が集まる分野であることは間違いなさそうです。
倫理的問題は今すぐ議論を始めるべき
細胞をリプログラミングに関してはやはりどうしても社会に及ぼす影響が大きく、その周辺の倫理的問題については今から議論しておくべきだと訴えています。
例えばこの技術はまず最初に誰に使うことが許されるのか?
選ばれし少数の人間?富裕層?重病患者?
重病患者の場合、本人の同意なく老化治療を行って良いのか?など。
さらに技術が発展して、生まれてくる子供に対しても予防として老化治療が可能となった場合、2018年に世界的に議論を呼んだ中国のデザイナーベイビーのような問題が再燃することも考えられます。
そもそも本人の同意なしに老化を消してよいのか、老化を受け入れながら人生を歩む選択肢はどの程度許容されるのか、など考えられる問題は山積しています。
しかしこのような状況下でも老化治療についての認識が世界的に乏しく、ここについての倫理的問題の議論は進んでいません。
多くの人が老化治療の実現がすぐそこまで来ていることを認識し、それについて考えておくことを本書では強く訴えています。
感想:健康を支える技術は求められ続ける
本書では「人が死よりも恐れるべきは、健康を失った状態で生き続けること」という訴えもあります。それは筆者のお母さんが病を患い、その後10年間苦しんだ末に亡くなったという経験から来ているのですが、この言葉にハッとしました。
平均寿命は80歳とか人生100年時代とか言われていますが、寿命のうちすべての時間を健康に過ごせるとは限りません。人生設計をする上ではそのことを念頭に自分の健康寿命から逆算して考える思考が必要と感じました。
それと同時にやはり「健康に生き続ける」という考えは今後も絶対なくならない人間の根源的な欲求に感じます。10代から20代前半のまだまだ健康が当たり前にあるような世代以外にとっては切実な願いであるはずです。
さらにLIFE SPANの世界が訪れた場合、「健康に生き続けたい」と考える時間が長くなるはずです。本書では細胞のリプログラミングが可能となれば150歳程度まで生きることが普通になると語られていますが、少なくとも100年は健康のことを考え続けることになると思います。
本書ではウェアラブルデバイスや食料について言及されていましたが、それ以外にも運動をするためのデバイスやサービス、断食プログラムなどももっと盛り上がるかもしれません。
特に運動に関してはついにAppleもサブスクサービスの開始を宣言しました。この流れの中で、今後もまだ見ぬ新たなビジネスが生まれ続けるはずなので、時代の流れに取り残されないようにしていきたいと感じました。