"顧客体験をブランド化せよ" 藤井保文「AFTER DIGITAL 2 UXと自由」
読書メモ#17です。今回はデジタルがリアル世界と溶け合いつつある現代において、近い将来を見据えたオフラインとオンラインのあり方、デジタルをビジネスとして展開していく企業としての心構えなどを学ぶことができる昨年のベストセラー書籍のひとつ、藤井保文さんの「アフターデジタル2」を読んでみて、自分なりの解釈を加えつつまとめてみます。
デジタル化の最先端を行く中国の事例を挙げながら、従来の常識がデジタルによって破壊されていくことが訴えられており、特にITに関わるサービス提供者であれば間違いなく必読の1冊と思います。
本の中盤以降で「世界観」という言葉を使いながら企業のブランディングについても大きく言及されており、ビジュアルや物理的なモノではない「体験」としてのブランド価値の創造についても非常に学びのある本です。
純粋なオフラインがなくなり、オンラインとの境が消える
言うまでもなく、現在私達の身の回りにはスマホを中心として様々なオンラインサービスが生活に密着した状況になっています。
朝、スマホのアラームで目覚めたらすぐさまその日の天気やニュース、電車の遅延情報などを確認できます。仕事ではオンライン会議、ちょっとした認識合わせはチャット、そして夕食はUberEatsを頼んでNetflixを見て寝る。
常に人の生活(オフライン)にオンラインサービスが絡まり合って、それらのつながりが我々にとって不可欠なものとなっています。
この状況からも容易に想像できるように、我々の生活の中には全くオンラインと接続していない状態の純粋なオフラインという状況がこれからますますなくなっていきます。
このような状況をこの本ではOMO(Online Merges with Offline)という言葉を使って表現しています。
コンテンツ提供者はユーザーを属性ではなく行動で読み解く
このような人々が常にオンラインに接続されている状況下では、潤沢な「行動のデータ」を取得することができます。わかりやすいのがAmazonなどのレコメンドで、過去に購入した商品から、そのユーザーが次に購入しそうな商品をアプリ上に表示させています。
しかしAmazonの場合は「購買行動」という人々の生活の中の一部のみのデータからリコメンドを予測していますが、購入にとどまらず生活のあらゆる行動データを読み解くことで、その人にとってより確度の高いリコメンドを配信することができるかもしれません。
このような人々の生活の行動データから多くのイノベーションを生み出しているのが、中国の2大IT企業のアリババとテンセントです。この2つの企業が多くのイノベーションを起こしている要因となっているものの一つがユーザーを属性ではなく行動で読み解き、それに適したコンテンツを創造しているという点にあると言います。(ここでいうコンテンツとは、商品だけでなく、イベントやウェブ記事など様々なものを包含した言葉として使用しています。)
従来はユーザーを「都内在住 30代女性 年収400万円 営業職」のようなターゲットとなる人物像(属性)を詳細に設定し、その人物の行動はその属性に付随するパラメータの一つで割と行動の点の部分(例えばそのコンテンツをどのように使うか、など)を取り上げてコンテンツを設計していました。
それは世の中のユーザーを属性A,B,Cに区分して、各々に対してコンテンツを最適配分しようという「属性のターゲッティングの効率化」が主流でした。
しかし行動データが取れるようになった現代に置いては、「最適なタイミングに、最適なコンテンツを、最適なコミュニケーション方法で届ける」ことが可能となりました。
例えば先程の例のように「都内在住 30代女性 年収400万円 営業職」のような一人の属性を持った人物であっても、母親として、ビジネスパーソンとして、PTA会長として、、など状況によってその人の人格や興味関心が異なるはずで、単純に属性という切り口で人を区分けすること自体がやや乱暴であったことに気付かされます。
このような行動データによってもたらされる人々の区分けの仕方の変革はビジネスにとって非常に大きなものとなることでしょう。
これからは「都内在住 30代女性 年収400万円 営業職」などではなく「美容を通じて自己表現したいが、十分なお金がかけられない状況」というような「状況による市場定義」を行う必要があります。
その状況がどの程度の頻度・ボリュームで発生し、各状況にどの程度のお金を使うのかによって市場を定義する必要がありますが、膨大な行動データによってそのような詳細な市場定義が可能となりました。これを本著では属性ターゲッティングに対する新たな概念として、「状況ターゲッティング」と呼んでいます。
売り切り型ではない「体験提供型ビジネス」を設計する
このように行動データの取得とその分析からビジネスを構築していく時代において、従来型な商品を売って終わりにするビジネスは顧客との接点が限られてしまう点でも非常に不利になります。
これからは顧客に心地よいユーザー体験を提供し続けながら顧客のデータを分析し改善を行っていくビジネスモデルが重要となります。もっと言えば、高機能な製品というよりも「便利、使いやすい、楽しい」と言ったような継続的にそのコンテンツを利用し続けてもらえるようなポジティブなユーザー体験の設計の重要性が今後ますます高まってくると言えます。
そのような中で本書で語られる最も重要な考え方として前述のOMO(Online Merges with Offline)で、世の中から純粋なオフラインの状況というものがなくなっていくというものです。
従来型なコンテンツ提供者(本書ではビフォアデジタル的な考えと言ったりしています)は「リアルの世界のもの(オフライン)をIT(オンライン)で置き換えることで効率的でよりよいものにしよう」というような「オンライン」と「オフライン」を区別した考えに基づいていることが一般的です。IT企業に務める私自身、ビジネスはこのような考えであることが当たり前でした。
しかしOMOの世界においては、ユーザーにとってもはや「今はオンラインかオフラインか」などというような意識はなく、ユーザーの興味はただ「どのように自己実現を果たし、暮らしや仕事をよりよいものにするか」ということに集中されています。
このような時代におけるコンテンツ提供者の姿勢としては「自分たちはITの会社だからITサービスを売ろう」という意識ではミスマッチが起きてしまうことは明白で、「オンラインもオフラインもひっくるめて考えて、どのようにユーザーの自己実現を達成させられるか」という視座に立たなければなりません。
顧客体験に寄り添い続ける「バリュージャーニー」の設計
そのような時代における企業のスタンスをもう少し掘り下げると「バリュージャーニーをデザインする」という言葉に収束するように感じます。
以下、めちゃくちゃ重要ポイントと思ったため本書からそのまま抜粋します。
これからは「製品はあくまで顧客との接点の一つ」と考え、他の接点である、アプリ、店舗、イベント、コールセンターなどと等しく扱われるようになります。ビジネスモデルは、すべての接点が一つのコンセプトにまとめ上げられ、その世界観を体現したジャーニーに顧客が乗り続け、企業は顧客に寄り添い続ける、とうした新しいバリュージャーニー型に変化します。このモデルでは、製品販売がゴールではなく、「顧客が成功すること」(=自己実現を果たしたり、今より良い生活を送れたりすること)がゴールとなります。
上記太字部分の「すべての接点が一つのコンセプトにまとめ上げられ」の部分、これは私の読書メモでも何度も言及されているブランディングの考え方に他なりません。(本書では"世界観"としばしば表現されていますが本質は同じと感じます)
次の項で事例を紹介します。
顧客体験をブランド化させる中国の事例
顧客体験を一つのコンセプトでまとめ上げてブランド化させている事例として、中国のアリババとテンセントの事例がわかりやすかったので軽く触れておきます。
アリババとテンセントといえば言うまでもなく中国の2大IT企業です。
アリババは中国版のAMAZONのようなネット通販、テンセントは中国版LINEのWechatが有名ですが、どちらの企業も様々なサービスを展開し、中国での生活になくてはならないものとなっています。
その2つの企業は別々の理念を持ちながらも似たサービスを展開している部分も多くあり、電子決済に関してはそれぞれアリババは「Alipay」、テンセントは「ウィーチャットペイ」というサービスを展開しています。この2つのサービスの「ユーザー同士の送金機能」違いが面白かったので紹介します。
Alipayの場合、ユーザー同士が送金を行う場合、送金する側が金額を設定して送金するとその場で決済が完了します。つまり、送られた側に送金を遠慮したりする余地がありません。
しかしウィーチャットペイの場合は、送金された側は「受け取る」という操作をしない限り送金された金額を受け取れません。言い換えると承認しなければ「受け取らない」選択ができるという特徴があります。
なぜウィーチャットペイはわざわざこのような手間を仕込んだのでしょうか。ここから「送金する」というサービス一つにも、それぞれの企業としての捉え方の違いが表れていると言います。
中国版Amazonのアリババの理念は「デジタルによる商取引の円滑化」にあります。対してウィーチャットを有するテンセントの理念の軸には「コミュニケーション」があります。そのような理念と照らし合わせるとたしかにAlipayの場合はユーザーに無駄な処理をさせることなく、スムーズな取引ができるのに対し、ウィーチャットペイの場合は「送金を受け取る」という操作が増えたことで「奢るよor多めに出すよ」→「いえいえ、結構ですよ」といったコミュニケーションがサービスの上で行われることになります。
これらのどちらが良いというものではありません。
しかしこのようにそれぞれの企業の理念がサービスの細かい機能にまで行き届き、ユーザーに対してそれぞれの企業の個性やブランドが醸成されていくのだと感じます。
利便性はコピー可能だがブランドはコピー不可能
このようなブランドの例にスターバックスの事例もあります。
中国ではスターバックスもデリバリー市場に参入したのですが、その頃には既にコーヒーのデリバリー業者は多く、非常に厳しい市場状況がありました。もともとスターバックスは、ブランド理念のもと落ち着きある店舗で正式なスタッフがお客様へコーヒーを提供する丁寧で心地よい体験に重きを置いているため、ブランドイメージを既存しかねないデリバリーへの参入に否定的な立ち位置をとっていました。
しかしコロナの影響もありビジネスの変革が求められる中、スターバックスは満を持してデリバリーへ参入します。そのとき掲げたのが、店舗で直接コーヒーを受け取る体験をデリバリーでも実現させる、というものでした。
通常のデリバリーでは、コスト削減のため一度に複数の送り先へコーヒーを届けるのが常識です。しかし、そのために送り先によっては時間経過によって淹れたての香りが損なわれてしまうといった問題もありました。
しかしスターバックスは、1つの注文ごとに都度配送をするというかなりコストのかかる手法を取りました。さらにデリバリーも第三者業者へ委託するのではなく、スターバックスの熟練されたスタッフが丁寧に家まで届けるため、店舗での顧客体験をデリバリーでも実現させようとしました。
すると後発かつ高コストにも関わらず、コーヒーデリバリー市場においても多くの支持を得ることができたそうです。
このように、スターバックスがこれまで築き上げて企業が持つブランド価値は他社の利便性を凌駕するとともに、他の真似ができない打ち手につながっています。
"意味あるもの"の取捨選択による自己実現の達成
スターバックスの例のように、その企業のもつ世界観や会社としてのスタンス(総じてこのブログではブランドと書いてきました)が確立されていると、他サービスに比べてコストなどの利便性の面で劣っていても人々はスターバックスを選ぶという現実がありました。
つまり利便性の価値よりも「その企業がどういう世界観を持っているか」といった意味性の価値の重要度が増しているということが言えます。
これには多種多様なサービス・UXに囲まれたOMOの世界のように、ユーザーはその時々に合ったUXを選択するという状況下では便利よりも、どのような自分になりたいのかといった自己実現の考え方に沿った企業・サービスを選ぶことになるということが言えます。
そのためには企業は自身がどういったコンセプトでユーザーへUXを提供するのかと言ったブランド意識が非常に重要となってきます。Alipayとウィーチャットペイでの違いがまさにそうだったかと思います。
そして企業は自己実現を求めるユーザーに対して、どのようにユーザーの願望を叶えられるかの成長シナリオを描くことが求められます。主軸となる体験(コア体験)を設計し、ユーザーと高頻度に接触しながらデータを採取していき、そのデータから得られた価値はきちんとユーザーへ還元していくようなサイクルを回さなければなりません。
OMOの世界においては、より一層多くのユーザー情報を企業が取得することが可能となりますが、そのデータをどのように扱うのか、そのデータをもとにどのような自己実現を達成させられるのか、と言った部分に企業として強い理念を持って真摯にユーザーと向きあうことによってのみ企業のブランド価値が向上します。
企業が一貫した理念をもとに世界をより良いものにしていこうという姿勢は、今も昔もこれからも変わらない真理なのだと考えさせられました。
感想:これからは小さなコミュニケーションチームでの機動力が重要になりそう
様々な興味深い話がありつつも、「ユーザーがそれぞれに合ったUXを選ぶ時代」も商品棚に並んだ多くの商品から自分に合ったものを選んでいたこれまでの時代と人間の思考は変わらないし、そこでも重要になるのが、そのサービスや企業の持つ理念から表出されるブランドにあるのだ、という主張に帰着している点は非常に興味深く感じました。
そして現在も製品やサービスのブランディングを行う上で抱えている課題意識はそのままアフターデジタルの世界でも顕在であるということにもなるかと思います。
ブランディングにおいて重要なのは一貫した理念に基づき軸の通ったビジネスを愚直に進めていくことですが、ここで大きな障壁となるのがブランド立ち上げからリリースまでのコミュニケーションロスにあるとつくづく感じます。関わる人数・組織が大きくなればなるほど物事を決める際に必要なコミュニケーションが増え、そのたびにブランドとして大切にしたい理念がぼやけていってしまいます。結果ブランド立ち上げのときは仲間内では震えるような感動的な理念を共有していたとしても、ユーザーの手元に届くころには全く違うものであったり、全体最適化された焦点のぼやけたサービスになっていることが少なくありません。
前回の記事で取り上げた「小さな会社が生き残る」では小さな会社ではその規模の小ささからこのようなコミュニケーションロスが少ないことがメリットとして挙げられていましたが、大企業でもこのような小さなコミュニケーションチームを作ることの必要性が求められている気がします。
少なくとも、ブランディングとそれに付随するUX・デザインに関してはそのプロジェクトの決済者をブランディングチームへ入れることはもちろん、可能なら会社の社長、役員なども巻き込んで一緒に意見をぶつけ合いながら考えを共有できるようなコミュニケーションロスの少ない小さなチームが求められるように感じます。
最近はベンチャーの勢いに倣い大企業が独立した部署に一定の権限をもたせた社内ベンチャーの育成などにも力を入れていますが、このような「コミュニケーションロスを抑えた組織デザイン」が今後ますます必要になってくると感じました。
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@やました
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読んでいる本のメモをつぶやいています。
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