書評:企業進化を加速する「ポリネーター」の行動原則 スタートアップX伝統企業 日経BP
インドネシアに出発する前、著者の中垣徹二郎さんと新宿の喫茶店でコーヒーを飲みながら話をしました。
彼はベンチャーキャピタル(以下VC)時代の1年後輩ですが、実績・能力ともに昔から私のはるか上を行く存在で、海外駐在時代に日本に戻ると真っ先に彼のところへ行き、日本のスタートアップ状況とVC環境についてレクチャーを受けていました。
正直、社長や役員に話を聞くより、現場をかけまわって得た知見を持つ彼に聞く方が短時間で完璧に状況を理解できました。
この本は、大企業、なかでも伝統産業と言われている業界に属している会社が、いかにスタートアップを活用し会社の変革につなげようとしているか、たくさんの貴重な実例を惜しげもなく使いながら、同じような立場に置かれている大企業の経営者、社員に対し変わるヒントを与えようとしているものです。
私は前職のシャープ、現職の三菱自動車でスタートアップ創出プログラムやコーポレートベンチャーキャピタル(以下CVC)に多少なりとも関わってきましたので、伝統企業側の考え方や風土がよくわかっているのですが、この本を読むと本当にその通り、大企業に所属していないのによく中のことが分かるな、と感心します。
CVCを担当している人、新規事業を創出せよとミッションを与えられどうやって保守的な人たちの壁を突破しようか悩んでいる人、あるいは危機感を持っている経営層におすすめできる本です。
簡単に自社に導入できるほど甘くないですが、この本を読むことで刺激を受け、自分たちも何とかしなければとか、自分たちでもできるはずだ、と考えるきっかけになると思います。
■この本を読むとどういうことがわかるか
本の中身をあまり書きすぎるのはよくないので、この本を読むとどういうことがわかり役に立つかを箇条書きで書いていきます。
オープンイノベーションという流行に乗っかって外部からネタを探す前に、自社の「やらない領域」「足りないリソース」をマッピングするのが大事。やみくもに始めてもうまくいかない。
スタートアップと大企業のカルチャーの差は大きいので、そこを埋めるためポリネーターの活動がカギになる。シリコンバレーからネタを投げても、受けて社内で展開するキャッチャーがいないとワークしない。
どのようなギャップがあり、ポリネーターの活動によりどのように埋めてきたのか、社内の壁をどうやって乗り越えてきたのか、実例がたくさん書いてあるので、自社に当てはまるやり方が必ず一つはある。
企業文化を変えていく話なのでとにかく時間がかかる。10年はかかると覚悟してやり続けなければならず、そのために必要なヒントがたくさんある。例えば、小さいヒットでいいから実績を出す、トップが変わっても継続するようにするなど。
■本を読んで自分の属する(属した)企業に当てはめてみる
私がこの本を読んで思ったことを書きます。
ポリネーターが大事なことはよくわかった。そのために何をしなければいけないかもよく理解できた。でも大企業は簡単には変わらないので、結局どうやって会社のカルチャーを変えるかに行き着く。
その意味では、実は章立てでいえば1部3章「組織カルチャーの刷新」が一番鍵を握るが、そこはあまり詳しくは書かれておらず、補論1と補論2で補っている構成。
結局、手っ取り早く誰でもできるようなノウハウはなく、トップが情熱をもって幹部や社員に火をつけ、燃え上がった幹部と社員が周りに次々と点火していく地道な作業なしにカルチャーは変わらず、また人の資質(燃えやすい人が多いか)に負うところが大きいのだろう。
大企業にいて思うのは、大きな組織で機能が細分化すると、専門家を養成することになり、同じことをより効率的に行うため既存のモデルを回すことに注力するようになりがち。
それは、そうやった方が生産性や効率性を高め、会社の業績をよくすることにつながるから。しかも日本人の性質にも合っている。
そして、社員は末端に行けば行くほど、短期的な結果に目を向けて目先よければすべてよし、将来も大事だけどそれは誰かが考えてやればいいでしょ、少なくとも俺(私)の仕事ではないとなる。
一方で、もう一人の著者である加藤さんの専門分野「両利きの経営」のように、あえて非効率な新しい分野にも経営資源を割いていこうとすると、矛盾したことを行う全く異なるカルチャーの組織が出来上がり、かつ受け入れられず育たないという結果になる。そもそも向いた人材がなかなかいない。
また、経営側が腹を据えて10年単位でやっていこうとなかなかならず、人が変わった瞬間に新しい方針が打ち出されて元に戻る。
これは昔からある新規事業はなぜ社内で育たないのかと言われていた議論と何も変わらない。
■じゃあ、どうすればいいのか
私は大企業を離れることを決めた人間なので、残った人たちに託すことになるが、トップが危機感をもって少しずつ雰囲気が変わっている気はしている。
外から人をとる、他の企業と一緒に協業することで、少なくとも他の企業のカルチャーと交わり、よいところを取り入れたり参考にしたりしながら、徐々に新しいことを受け入れる風土ができていると感じる。
あとは、若いやる気のある人間がいたら大抜擢し、ベテラン社員が支える構造にすることではないか。やはり、新しいことを始めるのは過去の影響をあまり受けていない柔軟な人の方がよく、また、一般的に若い時の方が熱量が大きい。
ポリネーターは本来一人で何役もこなす、スーパーマンのような人でないといけないのだが、そんな人は世の中にそうそういないので、情熱をもって引っ張っていく若手と、彼らの進む道をサポーターとして一緒に切り開く政治力や社内ネットワークのあるベテランのコンビネーションが解ではないか、と思った。
素晴らしい本なので、新規事業やオープンイノベーションに関わっていなくても是非一度読んで頂きたいです。
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