鳥葬
チベット・インド旅行記
#14,ラルンガル・ゴンパ③
【前回までのあらすじ】外国人立ち入り禁止のチベット僧院、ラルンガル・ゴンパに運良く潜入したまえだゆうきは、そこで出会った尼僧フォアの勧めで鳥葬に立ち会う事となった。
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チベットでは鳥葬が一般的に行われている。
そもそもチベットは標高が高すぎて木々が育たない為、火葬にするほどの燃料が手に入らないし、地面に埋める事も難しい。
チベットでは鳥葬は、極めて理にかなった葬儀なのである。
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話は変わるが、チベット仏教では日本と同じく死後49日を信じる。
どこかの家で死人が出たときには僧侶が死者の家に赴き、死者の枕元で「死後49日間の旅の道案内」をお経に乗せて唱え続けるのだそうだ。
死後、苦しみ多きこの世界の輪廻から解き放たれますように。
もし生まれ変わる事があっても、また人間として生まれて来れますように…。
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鳥葬が行われているという場所は、ラルンガルから丘を一つ越えた所にあった。
丘と丘の麓の、すり鉢状になった底の部分に、チベット特有の5色の旗(タルチョ)がはためいている。
丘の斜面を降りて行くと、途中から強烈な死臭が鼻をついた。
人間の肉や、汗や、肌や、髪が混ざり合った、死者の匂い。
すり鉢の底の部分は、死体を処理する用なのか、まな板のような大きな岩が置かれており、周りの地面は真っ黒に染まっている。
よく見ると頭髪なども散らばっている。
私とフォアと、大勢の僧侶たちはそばに腰を下ろし、静かに念仏を唱え始めた。
念仏を唱え続ける事しばらく、丘の上から黒い布で顔を隠した男たちが、布で包まれた蝶のサナギのようなものを運んできた。
死体である。
5〜6体ほどあるだろうか、男たちがナイフでサナギの膜をそっと裂くと、布が破れてゴロンと死体が転がった。
男の死体と、赤ん坊の死体、老婆の死体、どれも死後49日を経過しているのだろう。少し黒ずんでいる。
背中に気配を感じたので振り返ると、丘の上には何百という数のハゲタカたちが、死臭を嗅ぎつけて集まってきていた。
どのハゲタカも鳴いたりはせず、じっと黙って様子を伺っている。
男が死体をうつ伏せに寝かせ、背中にスッとナイフで切れ込みを入れた。
まるで果物の皮を剥くように、スッスッと切れ込みを入れて、死体を細かい肉片に分けていく。
太腿、ふくらはぎ、二の腕と慣れた手つきで切り分けていく、血はほとんど出ない。
肉をこそげ、ほとんど骨だけになった人間は、昔読んだ絵本に出てくる、地獄の亡者に似ていた。
どの死体も目を閉じ、ぽかんと口を開けている。
次に、別の男が槌のようなものを持ってきて、肉がこそげた後の骨を潰して砕いていった。
ハゲタカが食べやすいようにだろうか。
臭気が一層強まる。
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小1時間ほどが過ぎた頃。
男たちは作業を終え、死体から離れると、バッと手をあげて合図をした。
すると、今まで黙って待っていた何百というハゲタカたちが、合図を待ちわびたかのように一斉に集まり、死体に群がった。
ギャー、ギャーと、目の前でハゲタカ達が押し合いへし合い、真っ黒になって蠢いている。
黙って死体が食べられていく様子を見ている私。
すると、横でお経を唱えていたフォアが口を止め、ポツリと
「nothing real」と呟いた。
ナッシングリアル…。
この世は現実か、それとも幻か。
人はいつか死に、鳥に喰われ、やがて土に還る。
遅かれ早かれ、私もそう。
だとしたら、こうやって観ている景色には、一体何の意味があるのだろうか?
そんな事をふと思った。
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鳥葬の後、フォアは、私に数珠をプレゼントしてくれた。
茶色の猫目石で出来た数珠には、魔除けの効果があるらしい。
これからの旅の無事を祈っている。と私の首にかけてくれた。
翌日の説法の後で、その事をフォアがリンポチェ(高僧)に話すと、どれどれとリンポチェは私の数珠を手に取り、ふーっと息を吹きかけておまじないをかけてくれた。
またまた堂内に巻き起こる驚きと歓声。
横にいたフォアは少女漫画の主人公のように手を組んで、「キャ〜」と叫んでいる。
きっと、Hey! Say! JUMP のメンバーがここに来たとしても、ここまでの騒ぎにはならないだろう。
そしてラルンガルに来てから2日目の昼、温かい僧侶達に見送られながら、次の町へと出発する事にした。
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丘の麓の道までは、フォアが見送りに来てくれた。
待つ事しばらく。砂煙を上げてトロトロとマイクロバスはやってくる。
ありがとう。と会釈を交わす。
すると、フォアは懐から小さな紙切れを渡してくれた。
リンポチェが私に、こっそり仏教用の名前を考えてくれたのだそうだ。
紙を開くと「同悲」の2文字。
『ユンベイ』あまねく慈悲で照らす。という意味らしい。
ユーキがチベットまで無事に辿り着けますように。
そしてそれから先も、慈悲の心を持って生きていけますように。
フォアに言われて、なんだか照れ臭いなぁと思ったけれども、悪くないな。とも思った。
そしてドアは閉まり、マイクロバスは丘の下の俗世の世界へと向かっていく。
ラルンガルの丘に暮らす人たち。
この地球上で信じるに値するものを持ち、今日もひたむきに生きる人たちの事を思うと、何故だか少しだけ胸が熱くなった。
ラルンガル・ゴンパ編おしまい
⇨西寧編へ続く
【ラルンガル・ゴンパの景色】