【短編小説】金木犀のカオリ
「この参加者の中に、病気で余命宣告されている人がいるらしいんだ」
私たちが高校を卒業して四半世紀が経っていた。
同窓会冒頭の幹事の挨拶でその事実を知り驚いたが、会場がどよめいたところをみると、驚いたのは私だけではなかったようだ。
その2次会でのことだった。
自然といくつかのグループに分かれ、近況報告をしたり、想い出話に花を咲かせたり、それぞれ和やかに談笑していた。
そんな会話が一瞬途切れた隙をついて、私の隣に座っていたその幹事の男の子が突然切り出したのだった。
「えっ?!」
彼の言葉に、それまでの陽気な雰囲気が一瞬にして固まった。
私の視線も、隣の彼の横顔に釘付けになった。
「その人が『まだ元気なうちにみんなに会いたい』って言ったから、急遽、同窓会をやることになったらしいよ」
彼はそう続けた。
確かに、同窓会の案内が来たとき、開催日まであまり日数がなかったから、「随分と急だな」という印象はあった。
「それでさ、できるだけたくさんの人に参加して欲しいから、みんなが実家に帰省するこのタイミングにしたんだって」
この日は、暮れも押し迫った仕事納めの日。
これもまた確かに、「急な上に、何でこんなバタバタしてる時期にやるんだろう」とも思った。高校卒業後、地元を離れた子が多いから、この時期なら実家に帰省しながら参加しやすいからだろうと想像はできたが、ただ単純にそれだけではなかったということだ。
なるほど。色々なことが腑に落ちた。
「で、誰なのか知ってる人いる?」
彼はその場にいたメンバーに問いかけたが、みんな互いに目を合わせながらも、首を横に振った。
みんなの眉を潜めた暗い表情が「誰なんだろう…」と言っている。
「幹事なのに知らないの?」
私はとりあえず素朴な疑問を彼に投げかけた。
「うん。そこは全然教えてもらえなくてさ。そういう事情だから、日にちと場所は押さえた。あとは幹事よろしく!って感じで頼まれたんだよね」
まぁ、それもそうだろう。
もし「余命宣告」が事実ならば、あまり無神経に言って回る内容の話ではない。
改めて2次会の会場にいる全員の顔を見回してみた。でも、顔色が悪かったり、体調が悪そうにしていたりする人は見当たらなかった。
「そっかぁ。やっぱり誰も知らないんだなぁ。
タチの悪い冗談だったかもしれないし。
ごめん、ごめん。楽しもうぜ!」
彼のその言葉で、私たちグループの時間は再び動き始めた。止まった時点に自動的に巻き戻されて、まるで何事もなかったかのように。
タチの悪い冗談。
幹事の彼が言ったその言葉が、何となく引っかかった。
40代にもなると、ちらほら同級生の訃報や健康不安を耳にする。
その度に「人生は有限なんだと」思い知らされ、「しっかり生きなければ!」と気持ちを新たにするものの、人生の終わりを身近に感じてしまうのはとてもつらく淋しい。
だから、つい目をそむけたくなるし、時間が経つとまた人生が無限かのように毎日を過ごしてしまう。
幹事の彼も、きっと同じような感覚を抱いていたのだろうと思う。
だからなおさら、私には単なる冗談のようには思えなかった。
時は無常に、誰にでも平等に過ぎ去っていく。
その夏の記録的な猛暑も勢いを弱め、同窓会から2度目の金木犀の季節が訪れようとしていたときだった。
会社の食堂でお弁当を食べながら、いつも通りSNSをチェックしていたとき、ある投稿が目に飛び込んできて、スマホの画面をスクロールする指が止まった。
高校時代の友人が、部活仲間のお通夜に参列したという内容だった。
「同窓会の参加者の中に、余命宣告されている人がいる」
瞬間的に、幹事の彼の言葉を思い出した。
「えっ…、まさか…」
胸がざわついた。
私はすぐにその投稿をした友人にダイレクトメッセージを送り、亡くなったのは誰か教えて欲しいと頼んだ。お弁当を食べ終わる前に返信が来た。
「彼女だったんだ…」
亡くなった彼女は、間違いなくあの同窓会に参加していた。
同窓会の参加者は70人ほどいた。
その中に「彼女がいた」と、私がなぜ確信をもって言えるのか。
それには理由がある。
亡くなった彼女と私は、高校在学中から今まで接点はほとんどなかった。
同じホームルームになったこともないし、部活も違う。
彼女は理系で私は文系。授業は基本的に理系と文系に分かれて行われていたので、授業のクラスが一緒になることもなかった。
多少の言葉を交わしたことはあるかもしれないが、まともな会話をした記憶もない。
ただ、全体が420人ほどの学年で女子は100人ほど。
かろうじて、顔と名前が一致している程度の関係だった。
私にとっては、である。
そんな一見平行線で交わることがないように見えた彼女と私の人生が、同窓会のあの会場で、ほんの一瞬だけ交差した。
同窓会の1次会でのこと。
私はビュッフェ形式の料理を追加で取りに行くところだった。
そのとき、たまたま彼女が数人で立ち話をしている前を通りかかり、目が合った。
すると彼女は、他の友だちとの会話の輪から抜け出して、私のもとに駆け寄ってきて言った。
「ねぇ…、あの…、私のこと覚えてる?」
彼女のことは覚えていた。名前も分かっていた。
でも、彼女に話しかけられたことに驚いて、言葉がすぐに出てこなかった。
そんな私の態度が彼女を不安にさせたのだろう。
私の言葉を待つ彼女の表情が段々と曇り、私からふと視線を外してしまったことに気づいた。
「も、もちろん!覚えてるよ!カオリちゃんでしょ?!」
私は妙に元気な声で答えていた。
彼女の視線がバッ!と私に戻ってきて、今度は彼女の方が驚きを隠せていなかった。
彼女の頬がみるみる紅潮し、満面の笑顔になった。
「ありがとう。」
彼女は女性らしい可愛い声で優しくそう言うと、胸の前で私に小さく「バイバイ」と右手を振って、仲間との会話に戻って行った。
彼女と初めて交わしたこの短い会話が、彼女との最後の会話になった。
この会話がなかったら、彼女が同窓会に来ていたことも、彼女が亡くなったことも知らずに、私の人生は流れて行っただろう。
そう考えると、何か不思議な力を感じる。
私に忘れられないよう、彼女が意図的に私の心に印象付けに来たようにも感じられる。
普通に考えれば、目が合うことも、挨拶を交わすことすらなくてもおかしくない間柄。
自分の最期が近いことを知った彼女が、みんなに会いたくて開いた同窓会だから、できるだけたくさんの人に話しかけようとしていただろうことは容易に想像はつく。
それでも、ほとんど接点のなかった私のところにまで来てくれる理由にはならない。
なぜだろう。
その疑問は、カオリちゃんの訃報をSNSに投稿した友人とダイレクトメッセージをやり取りする中で明らかになった。
「カオリってさ、実はずっとあんたに憧れてたんだよね」
「えっ?私に?」
「うん。何かよく分かんないけど、ファンみたいな感じ?」
「ファン?」
「そうそう。よく女子校で、下級生が先輩に憧れる話って聞くでしょ?あんな感じだったかな。あんたの見た目とか、雰囲気とか好きだったみたいよ」
「そ、そうなんだ…」
「部活の時もさ、私たちテニス部のコートから、あんたたち陸上部のグランドが見えたじゃない?」
「うん。見えたね。」
「カオリったらさ、あんたの姿が見えると、いつもキャーキャー言ってたんだよ(笑)」
そんなことがあったなんて、私は全然知らなかった。
「カオリがさ、同窓会で、あんたと話せて嬉しかったってめっちゃ喜んでたよ。
ほとんど話したことないのに、自分のこと覚えててくれたって。
ちゃんと『バイバイ』できたよって言ってた…」
私の脳裏には、カオリちゃんが小さく手を振ってくれた姿が鮮やかに蘇っていた。
あの「バイバイ」は、人生最後のお別れの「バイバイ」だったんだ。
そして私は、カオリちゃんにとって「会いたい人」のひとりだった。
今年もまた金木犀の季節がやって来た。
自宅前の神社に植えられた金木犀が香り立つと、私はカオリちゃんのことを思い出す。
金木犀の小さくかわいらしい花が、少し小柄だった彼女にぴったりだと思う。
「今年もまた会いに来たよ」
カオリちゃんのそんな声が聞こえるような気がした。
(了)
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