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ルック書店と星野源さんが教えてくれた大切なこと

汚い話をする。私と娘のうんちのタイミングが同じだ。朝イチでも、昼過ぎでも、夕方にずれこんでも。同じリズムでごはんを食べているのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
私がトイレに言ってコトを済ませ、出てくると、娘が必ず力んでいる。
「いま、がんばってるの」
壁の角や、ソファの肘掛けにつかまって、ぷるぷる震えている姿は、なんともかわいい。

話は変わるが、星野源さんと新垣結衣さんがご結婚されるというニュースが飛び込んできた。
星野さんのことを知ったのは、2011年のテレビドラマ『11人もいる!』だった。星野さん演じるヒロユキがギターで弾き語るシーンが『時間ですよ』の西城秀樹さんみたいで、好きだった。存在感のある俳優さんだなぁと気になっていたところに、本屋さんでエッセイを発見して、その文章のおもしろさに、たちまちファンになってしまったのだった。

ニュースを見て、星野さんのエッセイを読み返したくなった。
本棚を探したが、ない。そうだった。朝起きたときとか、洗濯物を干していて疲れたときとか、ちょくちょく取り出して読むものだから、平積みにしてあったのだ。
今日手にとったのは、星野さんの初めてのエッセイ集『そして生活はつづく』。ファンになるきっかけになった、あの本だ。ページをめくり始めたら、ルック書店のしおりが出てきた。

ルック書店とは、私の地元の駅前にあった本屋さんだ。通路が狭くて、お客さん同士譲り合わないとすれ違えないような、いわゆる、まちの本屋さん。隣りに焼き鳥屋さんがあって、塾帰りの中学生の空腹を満たしてくれた。焼き鳥の串を口にくわえながら、立ち読みをしていると、はたきを持ったおじさんが出てきて叱られるのだ。

ふと、しおりの裏側を見ると、こんな注意書きが。

当店では『地球資源を大切にする』環境保全運動に積極的に取りくんでおります。とりわけ、過剰包装等によるごみ問題対策として、
ブックカバーや包装紙をひかえさせていただいております。
ご理解とご協力をお願いいたします。

今まで気づかなかった。そうだったのか。
そういえば、あの本屋さんで本を買っても、店員さんから「カバーつけますか」と訊かれたことがなかったなと思い出した。会計を済ませると、そのまま鞄に突っ込んでいた気がする。
店員さんのそういう対応に慣れていたから、隣町の大きな書店に、高校受験のための参考書を買いに行って、初めて「カバーつけますか」と訊かれたときは、どうしようかと、もごもごしてしまった。それからしばらくは、カバーをつけてもらうのが新鮮だったのと、本屋さんごとに個性のあるカバーに惹かれたのもあって、「お願いします」と答えることが多かったが、ここ数年はお断りしている。

本を汚したくなかったら、表紙を外して読めばいい。表紙の下にはレトロな鳥の模様が描かれた文庫本もあったりして、そのほうがもしかして、ちょっと格好いいじゃないかと。

ブックカバーが存在する理由を考えてみる。
かわいいブックカバーをつけたいという人もいるだろうけれど、やっぱりいちばんの理由は、何を読んでいるか、みんなに知られると恥ずかしいというのが大きいと思う。お昼の休憩時間にマンガを読んでいるとバカにする人もいるし、自己啓発本の場合、タイトルがストレートなことが多くて、自分の悩みをカミングアウトしているようなものだから。

でも、たまには自分が何を読んでいるか、世間に包み隠さずさらしてみてもいいじゃないかと私は思う。応援したい作家さんがいたら、わざと見せびらかして、興味を持って買ってもらえたらいいなと思うし、古本屋さんで見つけた埋もれた名作を、隣りに座っている人にこっそり教えてあげられるかもしれない。

ルック書店は、子どもの私に大切なことを教えてくれていたのだ。
電子化やネット通販の普及とともに、まちの本屋さんが消えていく中で、ルック書店もまた、時代の波にさらわれてしまった。子どもの私にとって、なくてはならない本屋さんだったのに。今、あの町の子どもはどこで本を買うのだろう。悲しいけれど、カバーを断ることを続けていれば、私の中で、ルック書店は生き続けることができるだろうか。

* * *

星野さんのエッセイ集『そして生活はつづく』では、単行本の題字を描いたデザイナーの方から、「『く』から始まると、『くそして』になるよ」と言われたエピソードが紹介されている。その世紀の大発見に、「すごい!」と感心した星野さんは、『くそして生活はつづく』を裏タイトルにしたのだそうな。
星野さんがおっしゃるには、人の表現とは、本来汚いものなのだそうだ。書き手は泥のまじった茶色い水を垂れ流している。星野さんが書きたいのは、きれいな透明の水ではなく、茶色い水なのだ。

もしかすると、”くそ”とは、表現の原点なのかもしれない。
子どもが「うんこ、うんこ~!」と連呼するだけで楽しそうなのは、それが彼らにとって、今いちばんおもしろい表現だから。
そう考えると、一概に「やめなさい」と一蹴するのは、いかがなものかと思えてくる。子どもの表現力の芽をつむことになってしまいやしないか。
これは大問題である。

少し、汚い話をし過ぎてしまったかもしれない。どうも子どもが生まれてから、「うんち」というワードへの気恥ずかしさが薄れてしまったようだ。
でも、いいわよね。だって、『うんこドリル』っていう漢字ドリルが人気を集めているくらいだもの。それに、みんな、するものね。

星野さんの言葉をお借りするなら、

なんてったって、「くそして生活はつづく」のですから。

……でも、これを読んでくださった方へ。お食事中だったら、本当にごめんなさい。そして、星野源さん、星野源さんのファンの方、こんな汚い話に星野さんのお言葉をお借りしてしまい、申し訳ありません。

✍ ✍ ✍ ✍ ✍ ✍ ✍ ✍ ✍ ✍ ✍ ✍ ✍ ✍ ✍

ご紹介した本
星野 源『そして生活はつづく』(文春文庫)

文筆家でもある星野源さんの処女本です。初めて読んだときは、「日常をこんなにおもしろおかしく切り取れるなんて!」と目からウロコ。エッセイを書いてみたいと思わせてくれました。巻末のきたろうさんとの対談、星野さんの20歳の頃のお話を『団地ともお』の小田扉さんが漫画化した「はたち」も必見です。
まったりとした空気感が魅力的な内容もさることながら、表紙もシンプルで素敵です。ぜひ、ブックカバーをつけずに、味わってみてください。

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