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『中島敦の朝鮮と南洋』 小谷汪之

 「山月記」「李陵」などの作品で知られる小説家の中島敦は、戦前に少年期の五年半を日本統治下の朝鮮で暮らし、後年は南洋庁編修書記として一年近くをパラオで過ごした。本書はこれらの植民地体験を検証していくのだが、中島敦と南洋のテーマは多くの人が論じてきたものだ。私が拙著を書いたときは、あえて中島敦を外して「南進論」を唱えた鈴木経勲、ミクロネシアの民族誌を書いた松岡静雄、彫刻家の土方久功に光を当てたものだ。著者もまた有名人である中島を入り口にし、一九世紀末から二〇世紀初頭にかけて外国人がどのように南洋の植民地支配に関わったのか、現代の日本語文献で扱われることが珍しい事例や人物を紹介する。

 たとえば、一八九〇年という早い時期に天祐丸というスクーナー型帆船で、南洋との交易の可能性を探るためにグアム、パラオ、ポナペなど南島を巡航した田口卯吉や鈴木経勲の一行。彼らの苦難多き旅からはスペイン、ドイツ、日本へと目まぐるしく統治者が変わり、現地民による叛乱も起きていたポナペ島の歴史が垣間見られる。あるいは、ドイツの博物館のために南洋の島々を渡り歩き、昆虫や植物、考古学や民族学のための資料を集めたポーランド人の標本コレクターであるヨハン・クバリの数奇な人生。政治や学術の表舞台ではなく、交易者や農園主としてパラオやポナペで生きたクバリの目線から、一九世紀末の南洋におけるリアルな経済生活が見えてくる。

 その他にもサモアに移住したスティーヴンソン、トラック諸島に進出した日本の商人たち、トラック諸島やマリアナ諸島に移住した琉球人について論じられる。本書は中島敦の植民地体験を出発点にしながら、南洋の近代史におけるさまざまなトピックに分け入っていき、世界史的な視点から、植民地状態にあった南洋において多様な人物や文化が交錯するさまを活写している。

初出:「北海道新聞」

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