そして今、此処で


前回のストーリー



2022年夏。

あの人の新しいアルバムが発表され、当時、「今、何処にいる?」と尋ねられ「何処へ行けばいい?」と答えた僕は現在こうしてあの人とともにいる。

これはもはや、パラレルワールドなのかもしれない。そんなことを思った時もあった。

だとしても、そろそろ現実世界に戻る日が近づいてきている。そんな空気感、感情が動き出している。

真実は現実なのか?それとも、現実が真実なのか?


「詩人は時に預言者ですよね。」

「そうだね。

そしてそれは、君もそうだろう?

どこか、炭鉱の中のカナリア。そんなふうなことが、君が書くことの中にもある。」

「いやぁ、そんな。未来へ行って見たことをスケッチして、て部分はないと思いますけどね。」

「意外と、そうでもないんだよ。そうじゃないものも多いけど」


そういうとあの人は柔か(にこやか)に微笑んでいる。参ったな。またこの笑顔だ。この笑顔にいつもやられっぱなしだ。

マネージメントからの連絡を受けて帰国したのはそれから一週間後。

成田に降り立つと僕らはそれぞれの帰路に着く。


「いい時間だった。どうもありがとう。」

「こちらこそ。」


それはこちらのセリフだよと思いながらも、そう答えるのが精一杯。

観光らしいことは何もしていない。観光旅行ではなかったとはいえ2ヶ月近くになるだろうか、それくらいNYに滞在していたわけだから、やっぱり惜しいことをした。



またいつもの日常がはじまる。渡航前の日常が。

そう思っていたがそれは間違いだった。あの夜、リヴァーサイドカフェで僕たちを待っていたのはオフィシャルフォトグラファーのA氏だった。数日後にあの人とのフォトセッションがあるらしい。

フォトセッション当日はその現場を 見学。
終盤になって、あの人が手招きしているので僕も記念撮影のつもりで応じたのだが、その時の写真がオフィシャルのSNSで公開されていたのだと後日知った。

普段は頻繁にSNSのチェックをしているのだが、日本を離れていた期間、時折家族に連絡していた以外は完全にシャットアウト。

一躍時の人だ。こうなってしまった場合の対処方法を僕は知らない。正直にいうと、まんざらでもないのだが、やっぱり困惑する。

親しい友人たちを主に対応に追われる日々。

いったい、あの人はオレを何に巻き込もうとしているんだ?

でも、あの人が考えることだから悪くはない試みのはず。それはこれまでのあの人のキャリアが証明している。


晩秋を過ぎこの国にも冬が近づいている。

都内にある〇〇スタジオに来ていただけますか?

帰国後の喧騒を抜け、ようやく落ち着きを取り戻しかけたある夜、僕は都内のホテルの一室にいた。またしても呼び出しを受けたのだった。

今度はあの人本人ではなく、あの人のマネージメントからのもの。

気軽に呼び出して、そんな簡単に行けるような、都合がいいわけじゃないんだぞ!まったく。

とはいうものの、やはり、好奇心、楽しみの方が勝る。いや、待て。スケジューリング大変だぞ・・・。


不定期に開催される『TV Show』。指定されたスタジオに赴くと、そのリハーサル中。あの人とバンドの姿が確認できる。アーカイヴは残るだろうから、あとで視聴しよう。


本放送がはじまった。

「なんでも、この夏、NYに行かれてたとか。」

MCのJ氏にそう聞かれると

「そうですね。2ヶ月近く滞在してました。」

「NYではどういった活動を?SNSでいくつか写真もね、アップされてはいましたけど。」

「特にこれといったことはなく。まあ、なんといっても刺激の多い街ですから、久しぶりに訪れてみて、いろいろ得るものもあったと思います。」

「なるほどですね。いっしょに写ってらした男性は・・・?」

「彼とは古い友人という感じで。まあ、実際に会うのははじめてでしたけども(笑)」

「はじめてなんですか!(笑)」

「何度もライヴで見かけていて、はじめてという感じはなかった」

「いやいや、そういうことではないでしょう!(笑)」

バンドメンバーも大爆笑して、和やかに進行されていく。

「なんでも、今日此処にいらしてるとか。」

瞬時にみんなの視線が僕に向けられる。

すると、あの人が、かつてTVの音楽番組で話したエピソード、『こっち来いよ!』という感じで目配せ。察したMCから

「じぁ、来てもらいましょうか?」


えっ?!ええっ?!!!ちょっ、ちょっと待ってよ!!!


ほら、行ってこい!そんな感じの周りのスタッフに背中を押されるように現場に出た。

なんてこった・・・


賑々(にぎにぎ)しく拍手に迎え入れられ、MCのJ氏とあの人の間に設けられた席に座る。


「この配信をご覧の皆さんの中にはご存知ない方もいらっしゃるでしょうから、あらためて自己紹介お願いします。」

J氏に促されるまま自己紹介をする。

「えーと、みんなからはMacoさんと呼ばれてます。」

ふたたび拍手。

「S野さんからは古い友人と言われてましたが?」

「いやぁ、そんな。実際今回はじめてお会いして。そんな滅相もないです。」

「そうだね。まぁ、友人というよりは、歳の離れた兄弟のような感じ?違うか(笑)」

「ずいぶん歳の離れた兄弟ですね」J氏の言葉に苦笑していると、

「この場ではじめていうけれども、Macoさん、実は彼を僕のチームに迎え入れたい。」


ハッ???な、なんてことを・・・


バンドメンバーからは感嘆の声が上がる。

「S野さんはこういわれてますが、みなさんはご存知でしたか?」

「MacoさんとはSNSで繋がってますけど、このことはまったく知らなかったですね。」

そう答えたのはF沼くんで、他のメンバーも同様の様子だった。

ちょっと、配信されているこの場面。断るわけにもいかないじゃない?

しかし、参ったな。


「NYでのこと。実はMacoさんにそのことを書いてもらってる。それをいい感じに纏めたものを皆さんにもいづれお披露目したい。普段見かけるような旅行記みたいじゃなく、別の新しい何か、みたいな」

ちょっ、また何いいだすんだよ・・・困ったアニキだ。


「それは楽しみですねぇ。進み具合はどんな感じですか?Macoさん。」

MCがいう。

「あ、いや、その・・・。まだまだ走り書きを集めた程度で、これからです・・・。」

「みなさんも早く読みたいですよね?」

カメラ目線でそういうと続けて

「いつぐらいを目処に?」

うわっ、めっちゃ見られてる。スタジオ中の目線感じる。


「じゃあ、僕の誕生日あたり、どう?僕も楽しみです。」


あの人がそういうと一同、同意するかのような拍手。

はぁ?また勝手なことを・・・


「それなら、あと半年くらいですかね?まだまだ時間ありますから、みなさん楽しみに待ちましょう。

はい。と、いうことで、Macoさんでした!」

軽く頭を下げ、逃げるようにその場をあとにして、再びスタジオの隅で番組を見届けた。


スタジオをあとにするバンドメンバー。去り際にT桑さんに、ポンっと肩を叩かれる。

F田くん、Sシュケ、K松。みんな含み笑いとでもいおうか。なんとなく“期待してるよ!”といいたげな感じが伝わってくる。

いやいや、ちょっと待ってよ・・・。


あくまで、番組内で思いつきのように語られたこと。正式な発表ではない・・・そう思うことにしたい。そうだ、そうしよう。

“近日特集ページオープン”

淡い期待虚しく、配信の数日後オフィシャルサイト上にて正式発表される。

具体的なスケジュールは、まだ、設定されてはいない。それでも、締切のない締切に追われていた感覚に、いよいよ、現実のそれがせまろうとしている。

あの夏の日の夢の続き。それをどう纏めるか。新しい苦悩、楽しみの日々が、今、此処で、はじまる。



近くまた、あの人は渡航予定だという。

また一緒に行こう、なんていってくれるなよ。頼むから。



Episode 4


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