名前は原点であり、特別だ
今日久しぶりに、人から名前を聞かれました。
「名前は?なんていう名前なの?」
「〇〇です」
「じゃあ〇〇ちゃんだね〜」
よく会うビル清掃員の方でした。
朝だからボーッとしていましたが、考えてみると、こういう聞かれ方は久しぶりです。
ダイレクトに名前を聞かれるって、改めてうれしいもんですね!
○その瞬間からちょっと近づく
名前を聞かれてハッとしましたが、私も相手の名前を知りませんでした。
もう何年も知った顔。
頻繁に会うし、会えば笑顔で「あ!おはようございます〜」なん挨拶をよくする間柄。
さらに、ほんの少し世間話もする人。
「今日暑いですねー」「水は毎日あげてるんですか」「あそこの掃除は大変そうですね」
そんな身近な人であるにも関わらず、私は名前を存じ上げていませんでした。ちょっと反省。
こちらの名前を聞いてくれたということは、私に興味を持ってもらえたことになります。
ありがたいですね。
「〇〇です」と名乗った瞬間、ちょっと距離が近くなった感覚がありました。
その他大勢の中から、個へ。
以前より近くて、特別な存在になった感じがしました。
○名前は原点で、特別
どの人にとっても、自分の名前は原点であり、特別だと考えます。
名前について、以前のラジオで、お笑い芸人 サンドウィッチマンの伊達さんが、相方 富澤さんに対しこう呟いていました。
「富澤さぁ、最近 俺の名前を呼んでくれないよな。俺はいつも富澤って呼んでるのに」
それに対して「いやいや、伊達さんって呼んでますよ」と富澤さんは反論しました。
サンドウィッチマンは仲良しで有名なコンビです。伊達さんは続けました。
「違うんだよ、“伊達さん“って呼ぶ時はラジオの時だけじゃん」
「しかもさん付けだし」
「楽屋とか普段は一切呼んでないよね」
「いつから呼ばなくなっちゃったんだろうな」
「昔は“伊達“って呼んでくれていたのに、寂しいな」
聞きながら、心当たりを思い出していました。
私の友人にも、名前を呼んでくれない子がいます。伊達さん同様に寂しいです。
あと、父も。いつの間にか「アンタ」が多くなりました。これも慣れましたが、少し寂しいです。
名前は原点で、自分の出発点だと考えます。
どんな人にとっても、特別です。
だから覚えてもらえるだけでうれしいし、呼んでもらえるとさらにうれしく、そして身近な人には呼ばれたいと願うのです。
○名前を呼ばない時代へ
婦人科外来へ行った時のことです。最近の傾向なんでしょうか、名前ではなく番号で呼ばれました。
病院独特の「〇〇さ〜ん」というのがなく、「受付番号 14番の方」とか、他は「診察券番号 11025の方」と呼ぶケースもありました。
もしかしたら、婦人科独特のプライバシーの配慮なのかなと。
ある人はウキウキの妊婦さん、ある人は苦しい不妊治療中、ある人は婦人科系の病気、ある人はただの定期検査と、病院の中で唯一 HappyもSadも混在している場所だからなのかと思いましたが…
個人が病院で番号で呼ばれるって本当に味気ないですね。
記号になった気分。
機械になった気分。
しかしながら、公共の場(レストラン、銀行、役所など)での待ちも、自分で発券して番号で呼ばれるスタイルが普通になりました。病院のそれとは少し違いますが。
プライバシーに配慮して、世の中はだんだんこれがスタンダードになっていくのかもしれません。
○名前で呼んでもらえること
今後、名前で呼んでもらえることがますます特別になります。
もしお近くに、よく知った顔で、名前を知らない。そんな人が近くにいらっしゃったら、勇気を出して名前を聞いてみてください。
聞かれた側は、すごくすごく、うれしいですから。
ただちょっと気持ち悪がられたら😊まだ名前を聞くほどの距離感になっていないということなので、ストップしてくださいね〜
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(個人の感想)
今回は名前を聞いてくれてありがとうございました。
すごくすごく、うれしかったです!