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セロトニン

 結論から言うと、口角を上げることにした。美容外科医に言わせると、表情筋トレーニングは逆にシワやたるみに繋がるらしい。
 マイナンバーカードを作るために自撮りした自分の顔写真を見て、写真を撮る直前までの自分は「裸の王様」だったという事に気付かされた。
 18歳から20数年、コンタクトレンズ必須で生きてきた。四十を過ぎ、ドライアイでのコンタクト着用で、目が開きづらくなり、眉間にシワがより老け顔になった。慣れないメガネにも挑戦したが、邪魔くさくなり「裸眼で生きていこう」と決意した。
 いい決意だった。ぼんやりと鏡に映る自分が30代に若返ったように見えた。その間、幸福だった。自分はまだまだ若いと自信もあった。そして自撮り写真を撮った。何回も、何日もかけて撮り直した。
 「思い込み」と「現実」の差を、少しでも縮めるために、あれこれ検索・実践した結果、「口角を上げる」ことが最も効果的なんじゃないか、というところに落ち着いた。肌に触れない、いつでもどこでもできる、脳内幸せ物質「セロトニン」も分泌されるらしい。
 それから専業主婦のわたしは、掃除中、料理中、時には鏡でチェックしながら、素敵に歳を重ねた女優やドラッククィーンのお姉様方の若々しい表情を思い浮かべ、口角を上げるように意識した。唇の両端にギュッと力を入れながらふと、ある姫さまを思い出した。
 姫さまは市井の青年と恋仲になり、結ばれるまで数年の月日を要した。数年間、不本意な情報戦にさらされた映像の中の姫さまは、いつでも唇の両端にギュッと力を入れ、口角を上げて品格を保っていた。私のほうれい線対策とは違い、「ギュッ」と力を入れて、押し寄せる感情をせき止めていたのではないか。
 わたしの脳内に、セロトニンが分泌されているはずなのに、少し切なくなった。

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