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帰省電車内2話 -第1話-(1990年21歳)
~前置き~
実家の最寄り駅までは、東京から特急電車で約2時間。
隣席の方は、しばし旅の友となる。
学生時代の冬休み、帰省のため東京から特急電車に乗った。
お隣は、伏し目がちな年配のご婦人。
どことなく「壁と影」を感じるのは気のせいだろうか。
『……まあ、気のせいかもね』
私はそれ以上気にすることなく、本を読み始めた。
電車が走り始めた頃、ご婦人はゴソゴソとバッグから何かを取り出された。
……ほどなく漂う、甘く爽やかな香り……。
『あら~いい香り~…』
本に目を落としながら、内心和む。とそこへ、
「あの……良かったらどうぞ……」
と、ささやくような声。何かがそっと目の前に差し出された。
見ると、皮ごと丁寧に割られた瑞々しいみかんが半分!
……私は驚いた。まさか「壁と影」を感じた方からおすそ分けをいただくとは……!
それゆえ、喜びは格別。たちまち心はパァァァッと輝き、ニッコニコでありがたく頂戴する。
対して、はにかむように微笑み、再び静かに前を向くご婦人。
その静謐さは、「美味しいです!」とお伝えした時も同じ。
どこまでも慎ましやかなのであった。
『きっと、おひとりで食べるのを憚られたのだろうな……』
そんなことを思いながら、私も静かにもう一房口に入れる。
終始無言でもぐもぐする二人……。そこには、穏やかで豊かな空気感が確かに漂っていた。
……何だかとても幸せだった。
人を想い、何かをしてあげる方法は色々ある。
でも、それはもしかして「存在をちゃんと気に留めて、大切に想っていますよ」と分かる程度の、ちょっとした心馳せで十分なのかも知れない。
ふとそう思った。
そんな事を考えながらいただいた最後の一房は、口の中でプシュッと弾けた。
そして、心もウルウルと満たしていった。
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ここまでご覧くださいましてありがとうございます。
帰省電車内2部作の第2話もありますので、よろしければそちらもどうぞ👇
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