5-5.発達障害を調べる 後編
(※前編からお読みください)
三日目は医師の診察だ。
結果は残酷なものだった。
「あなたの発達障害は非常に軽度です。ADHDの傾向も少し見られますが、投薬の必要性はありません。はっきり言って発達障害はないと思って大丈夫です。この程度の人間はどこにでもいるし、生活に困る程度ではありません。人と合わないと思うのは、IQが高いせいでしょう。これは同じくらいのIQの人と会話をすれば、驚くほど話が合いますよ。まだそういう人に出会えていないだけです。IQの高さ=学力の高さではないので、あなたの学校の成績が悪くても不思議なことではありません。しかし、やはり高学歴の人はIQが高い多い傾向にあります。自己評価が低くくて、学力の低い人は、学力の高い人と交流したがらないものですが、思い切ってそういう人と話すときっと同じくらいのIQの人に会えますよ」
「じゃあ、診断は?」
「所謂、グレーゾーンです」
「そんな……」
ないなら「ない」、あるなら「ある」が良かったのに、「ないと思って大丈夫」というのは納得のいかない答えだった。
「診断の結果はもう一つあります。これは発達障害のことではありませんし、知りたくないことかもしれませんが、聞きたいですか?」
藁をもすがる思いでYESと答えると、医師は慎重に話し出した。
「一つはHSPの可能性が高いです。これは病気ではありませんが、生まれつき感受性が高くて、何でも敏感に感じ取る人のことです。本来は感じ取らなくて良いことまで共感したり、察したりしてしまうので、疲れやすいでしょうね」
それは、なんとなく聞いたことがある程度の単語だ。
「それと、あなたは、PTSDでしょう。長い間面前DVを受け続け、DVを受けた母親を想い、荒れた家を片づけたり、長女として我慢したり、恐怖心を抑えて働きに出たりしている。HSPの人は虐待のダメージも普通の人より大きいだろうし、日常生活も気疲れで疲弊しているはず。強烈なフラッシュバックを起こしているのに、まだ無理をして普通の生活している。あなたの生きにくさは、PTSDによるものが大きく、これを癒していくことが必要です」
ただ、私は医師に恵まれず「自分はPTSDの専門医ではないので、別の病院を探してほしい」と見捨てられてしまった。
あとは「内観療法をやるかい?」などと言われたが、それも「民間でやっている施設があるから、気が向いたらそういうところをお勧めします」と言われた。
精神科は激混みしていて、予約時間に来ても三時間は待たされた。自分の専門ではない患者で、しかも今すぐ自殺しなさそうなタイプの人は時間の無駄なので早く帰ってほしい、という感じが先生の態度から読み取れたので、 この病院での治療は諦めた。
最後に医師はこう言った。
「今回は子作りの前に発達障害を調べたい、という受診理由でしたね。子どもは、あなたの一番の理解者になってくれるでしょう。子どもと話をすることで、話が合うという体験ができると思いますよ。IQは環境による影響が大きいというのが今の常識ですが、遺伝も関係があります。IQの高いあなたが育てるのですから、環境要因も満たされるでしょう。あなたが心を傷つけなければ、今度は優秀な子が育つ可能性が高いですよ。愛しい人がいるほうが人生は豊か。愛するご主人もいますが、血がつながっている人は格別ですよ」
「でも、自分に自信がないんです」
「子どもをあなたの自信にするんです。子どもが何か一つできたら、あなたも一つ自信をつけるんです。できなくても責めない。でも、できたら、褒める。それだけでいいんですよ」
「そんなこと、できるかな」
「子どもが生まれたら、忙しくて待ったなしです。皆自然にやるんですよ。あなたもきっとできるでしょう。でもくれぐれも忘れないでください。あなたが子に甘えるのではなく、子どもが甘えられる環境を作るのです。それができて初めて、お子さんがあなたの理解者になるのです」
その日の帰り道は、少しだけ気持ちが軽かった。
IQが高いことは、きっと悪いことではないし、HSPと、PTSDという名前を一つもらった。
PTSDについては、大学時代に軽く学んだが、もっと強烈な症状の人だと思っていたので、まさか自分がそうだとは思わなかった。と、同時にそれだけ強烈な症状を持った状態で、長い間外で働いていたのか、と知って驚いた。