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【希望】貧困の解決は我々を豊かにする。「朝ベッドから起きたい」と思えない社会を変える課題解決:『隷属なき道』

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豊かなのに、「ベッドから起きたい理由」が見つからない社会

データ上の「豊かさ」

初めに少しばかり歴史の授業を。
そう、昔は、すべてが今より悪かった。
ほんのつい最近まで、ほとんどの人は貧しくて飢えており、不潔で、不安で、愚かで、病を抱え、醜かった、というのが世界の歴史の真実である

私は元々理系で、歴史には疎いのだが、歴史雑学のような話は結構好きだ。そういうものの一つに、「中世ヨーロッパではおまるのようなものに排泄して、窓から中身をポイ捨てしていた」というようなものがある。「ベルサイユのばら」で描かれるような綺羅びやかなイメージがあるパリでさえも、そういう状況だったと聞いて驚いたことがある。

生まれてくる子どもが亡くなる確率も高かっただろうし、今では死に至ることはない様々な病で多くの人が命を落としていたことだろう。そこまで昔に遡るわけではなく、割と最近まで世界はそういう場所だった。

そんな時代と比べれば、現代人は桁違いの豊かさを享受していると言っていいだろう。もちろん世界には様々な課題が未だに残っているし、格差が拡大したことによって問題がより広がったものもある。とはいえ少なくとも日本に生きていれば、どうしようもない貧困や明日命を落とすかもしれないという危機に直面することはほとんどない。コロナウイルスの蔓延は社会を一変させたが、それでも、一昔前の人よりは、あらゆる指標が「豊か」であることを示しているだろう。


「豊か」だが「幸せ」を感じられない時代

しかし我々は、「豊か」であっても「幸せ」を実感することができない。それを本書では、

ここでは、足りないものはただ一つ、朝ベッドから起き出す理由だ

と表現している。もう少し明確に、

この時代の、そしてわたしたち世代の真の危機は、現状があまり良くないとか、先々暮らしぶりが悪くなるといったことではない。
それは、より良い暮らしを思い描けなくなっていることなのだ

と書いている。

このような感覚はまさに、現代人の多くが共通して抱いているものではないかと思う。

私自身がそうだ。同時代を生きる人と比べて、特別辛い環境にいるわけでも、特別豊かな生活をしているわけでもない。平均よりも下だとは思うし、遠い将来の自分の生活が成り立つ気がしないという意味での不安はあるが、今具体的に視界に入っている問題や不安は特別存在しない。

ただ、とにかくつまらない。「先々こんなことをしたい」と思えることもないし、「ここに向かうためのチャレンジをしよう」という意欲もない。読書や映画鑑賞は「暇つぶし」だと思っているし、何かに熱中するということがない。

これらは私の性格の問題でもあると思うが、時代の問題でもあるはずだ。

わたしたちは有り余るほど豊かな時代に生きているが、それは何とつまらないことだろう。フクヤマ(※フランシス・フクヤマ)の言葉を借りれば、そこには「芸術も哲学もない」。残っているのは、「歴史の遺物をただ管理し続けること」なのだ

豊かではなかった時代には、「頑張れば豊かになれる」という希望を抱けただろうし、その過程で様々な新しいもの(芸術なり哲学なり様々なもの)が生まれたことだろう。

しかし今はどうだろう。もちろん、テクノロジーの進化などによって、まだまだ予想外のものが生み出されたり、未知の経験に直面したりすることはあるだろう。しかし、豊かではなかった時代に新しいものが生み出されるのと、豊かな時代に新しいものが生み出されるのでは、意味は大きく変わる。

豊かであるがゆえに、新しい何かが生み出されても「歴史の遺物をただ管理し続けること」だと感じられてしまう。本書ではまず、そんな今の時代の問題点を明確にしていく。

解決策は、社会全体を豊かにすること

未来のユートピアを描き出せなくなった私たち現代人に対して著者は、「ベーシックインカム」「富の創造」「移民政策」という解決策を提示する。個々の具体的な話は後で書くとして、著者がこれらによって何を目指しているのかにまず触れよう。

それは「全体の利益を底上げすること」だ。著者は、豊かであるのに幸せを感じられないのは、社会全体が豊かではないからだ、と主張するのである。

どういうことだろうか。本書にはこんな文章がある。

しかし、おそらく最も興味をそそられる発見は、不平等が大きくなり過ぎると、裕福な人々さえ苦しむことになることだ。彼らも気分が塞いだり、疑い深くなったり、その他の無数の社会的問題を背負いやすくなるのだ

貧富の格差を小さくするというベーシックインカムの社会実験において、上述のような結論が導き出されているという。

確かにこれは、コロナウイルスのパンデミック下にいる私たちには理解しやすいことかもしれない。例えばアメリカで、アジア人に対するヘイトクライムが頻発しているとよくニュースなどで報じられる。これは格差が原因というよりも、「アジア人がコロナを広めた」というような誤解から生まれているものだろうが、原因はともかくとして、こういうヘイトクライムが起こっていると知れば、アジア人がアメリカに行きにくいと感じるようになるだろう。

こんな風に、因果関係を具体的にイメージできるものばかりではないかもしれないが、とにかく、社会の不安や緊張が高まることによって、豊かさを享受しているはずの人までダメージを負うということは十分に起こりうる。

また著者は、より実際的なプラス効果も挙げている。例えばオランダで行われた、ホームレスに無償で家を提供するという社会実験。これによって、たった数年で大都市の路上生活者の問題が65%解消した。そしてこの政策によって、社会が得た経済的利益は、投入した金額の2倍に上ったという。

どういうことか。ホームレスに家を無償で提供するにはもちろんお金が掛かる。これに仮に10億円掛かったとしよう。一方で、路上生活者がいなくなることで、これまで路上生活者向けに行われていた様々な支援にお金を掛ける必要がなくなる。この浮いたお金を仮に20億円だとしよう。すると、投入した金額の2倍の経済的利益を社会が得たということになる。この浮いた10億円が別の支出に回されれば、裕福な人の恩恵に繋がる可能性だってある、というわけだ。

これ以降は、ブログ「ルシルナ」でご覧いただけます

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