【衝撃】ABC予想の証明のために生まれたIUT理論を、提唱者・望月新一の盟友が分かりやすく語る:『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』(加藤文元)
完全版はこちらからご覧いただけます
数学界の超重要難問「ABC予想」と、その証明のために生み出された「IUT理論(宇宙際タイヒミュラー理論)」について
今回の記事では基本的に、『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』をベースにしながら「IUT理論(宇宙際タイヒミュラー理論)」がどんなものなのかについて説明していく。これが本記事のメインである。
またこのIUT理論は常に、「ABC予想」という数学の超難問とセットで語られる。『宇宙と宇宙をつなぐ数学』では、「IUT理論はABC予想解決のためだけの理論ではない」という立場から、「ABC予想」については詳しく触れないと著者が宣言している。そこでこの記事では、『abc予想入門』をベースに「ABC予想」についても触れていく。
「IUT理論」は「ABC予想」を証明するものとして大いに話題になったが、未だに議論の続く理論でもある。
『宇宙と宇宙をつなぐ数学』の刊行時にはまだ、「IUT理論」は査読(正しいかどうか他の数学者がチェックすること)が終わっていなかったが、その後、論文公開から8年が経ってようやくアクセプト(査読誌に掲載)された。
一般的には、査読誌に掲載されると「正しい」と認められるようだが、この「IUT理論」については議論が落ち着いている様子はない。「IUT理論」を巡ってはまだまだ論争が続くことだろう。
そんな「IUT理論」、そして共に話題になる「ABC予想」について、私が理解できている範囲で、可能な限り分かりやすく説明しようと試みるのがこの記事の趣旨である。
『宇宙と宇宙をつなぐ数学』が読みやすいのは、川上量生が生みの親だから
『宇宙と宇宙をつなぐ数学』(以下『宇宙と宇宙』と表記)は、数学界も困惑するほどの難解な理論が紹介されている割には、文系の人間でも頑張れば読めるぐらいの難易度の本だ(と思う)。なので、この記事で興味を持った方は是非読んでほしいが、そのような易しい本に仕上がっている理由は、本書の成立過程にある。まずその話からしよう。
ニコニコ動画などを手掛けるドワンゴの川上量生が、個人的にスポンサードしている数学イベントがある。そのイベントでのある年の目玉企画として、「IUT理論を一般向けに解説する」というアイデアが出てきた。「IUT理論」は、2012年に京都大学の望月新一教授が自身のHPで発表したものであり、当然正しいかどうかなど誰も分からない代物だった。
しかし、IUT理論によって「ABC予想」を証明したと主張していたし、基本的な発想があまりにぶっ飛んでいて、既存の数学をひっくり返すとんでもない考え方かもしれないとも理解されていた。そして、そんな理論が日本で生まれたのだから、広く知ってもらえる方がいい。そんなわけで解説イベントが企画されることになった。
その「解説者」として白羽の矢が立ったのが、『宇宙と宇宙』の著者である加藤文元だ。彼は、望月教授の盟友であり、しかも、望月教授がIUT理論を作り上げる過程で、毎週のようにマンツーマンで議論(望月氏の考えに対して思ったことを言う、みたいなやりとりだったようだ)をしていた人物でもある。望月教授はあまり人前に姿を現さないことで有名なので(そのことが、IUT理論の受け取られ方にも影響している)、著者は解説者としてうってつけの存在というわけだ。
そんなわけで、「一般向けに講演を行う」ために著者は、分かりやすい説明を苦心して考え、川上量生にプレゼンし、ダメ出しを受ける、というプロセスを何度も繰り返した。そしてそのお陰で、著者によるIUT理論の講演は好評を博し、数学界でも話題になったそうだ。その動画はネットに上がっているので、興味がある方は以下のリンクから。
そして、これを一回だけの講演で終わらせるのはもったいない、きちんと書籍化しましょう、ということで、『宇宙と宇宙』が生まれることになったというわけだ。
このような過程で生まれた作品なので、とにかく分かりやすい。もちろん、決して簡単なわけではない。繰り返すが、現在においても数学界で論争が続く理論であり、簡単に理解できる内容であるはずがない。しかし『宇宙と宇宙』では、その本質的な部分を、様々な喩えや例示を駆使して、可能な限りイメージを伝えようと努力している。
現役の数学者がここまで易しく文章が書けることにも驚きだし(数学者に限らないが、専門家の手による文章はどうしても難解になってしまう傾向があると私は思っている)、数学にさほど詳しくない者にも、「IUT理論とはどういうものなのか?」についてざっくりとではあるがイメージを与えてくれるのが素晴らしい。
また本書は、IUT理論そのものについてだけではなく、「IUT理論に対して数学界がどう反応したか」「数学者の仕事とは何か」など、数学を取り巻く話題についても触れられるので、そういう意味でも興味深く読める作品だと言っていいだろう。
「IUT理論(宇宙際タイヒミュラー理論)」に数学界はどう反応したのか
IUT理論は先述した通り、望月教授が自身のHPに論文を載せたことで世に知られることになった。2012年8月30日のことだ。IUT理論について著者は、
と書いているし、エレンバーグという数学者は、
と評したという。
正式発表されたわけではない数学理論がここまで話題になった要因の一つは、やはり「ABC予想」と関係がある。もしIUT理論が正しければ、ABC予想が証明されたことになる。さらに、ABC予想が正しければ「シュピロ予想」や「フライ予想」など数多くの数学の難問が自動的に正しいと認められるそうだ。「ABC予想」を始めとするそれらの未解決問題は数学界において非常に重要だと考えられており、その証明が待望されているからこそ、IUT理論は注目されたのだ。
また、「強いABC予想」と呼ばれるものが正しいと証明されれば、超難問として有名な「フェルマーの最終定理」(1995年に証明された)が10行程度で証明できる、という点も話題になった。数学ファンとすれば、こちらの方が興味深い話かもしれない。
そんなわけで、望月教授の論文は大いに話題になったのだが、しかしすぐに「IUTショック」とでも呼ぶべき状況に陥った。数学者たちが、IUT理論の理解を諦め始めたのだ。
IUT理論はあまりに「抽象的」「難解」であるため、「人間にはチェック不可能」と思われるほど難しい、と思われているわけだ。ネットの記事でよく見かける表現としては、「IUT理論が発表された当時、その中身を理解できる人間は数人しかいなかった」というものがある。しかし恐らく、「そもそも理解しようとすること自体を諦めた」という数学者も多かったということだろう。
そう思わせた理由には、私たちにも理解できるもっともな理由もある。
望月教授がHPにアップした論文は500ページ以上にもなるという。これだけでも数学論文としてはかなり長い。しかもこの論文は、望月教授が過去に発表した論文を土台として書かれている。つまり、望月教授の先行論文を読んでいなければ理解できない論文、というわけだ。結局のところ、IUT理論を理解しようとすれば、1000ページ以上もの論文を読む必要がある、ということになる。
これだけでも、その大変さが理解できるだろう。
その上でIUT理論には、それまでには存在しなかった新たな概念が多く含まれており、それゆえ簡単に読み進められる代物ではないのだ。恐らくだが、「別の惑星の言語で書かれたような論文」という感じなのだろう。
そんな理由から、数学者たちはIUT理論を諦めてしまう。
そしてそれは、望月教授の姿勢に原因がある、と非難されることもあるという。というのも望月教授は、「IUT理論を説明してほしい」と声を掛けても、ほとんど出向こうとしないからだ。その態度から多くの数学者は、「彼は自分の理論を説明したくないのだ」と不満を抱いているという。
しかし、望月教授の長年の知己である加藤文元は、こう説明する。仮にIUT理論を大勢の数学者の前で説明しても、恐らくほとんど理解できない。だからこそ望月教授は、少人数でお互いにやり取りを深めながら議論をする、というスタイルにこだわっているのだ、と。理論があまりにも難解であることを理解しているからこそ、適切な手法で広めようとしているのだが、その意図が上手く伝わっていない、というのが著者のの受け止め方であるようだ。
IUT理論は、8年の査読期間を経て、京都大学が編集する「PRIMS」に掲載された。しかし、望月教授が「PRIMS」の編集委員長であることから、査読への疑問を表明する声もあるそうだ。編集委員会は「利益相反を避けるために、望月氏を委員会から完全に排除していた」と説明しているが、まだまだ論争は続くのだろう。
『宇宙と宇宙をつなぐ数学』で「ABC予想」をとりたてて扱わない理由
『宇宙と宇宙』にはもちろん、「ABC予想」に関する記述も載っている。しかし「IUT理論がどのようにしてABC予想を証明するのか」という記述はない。何故なら著者は、「ABC予想は、IUT理論に比べたら些末な問題」と考えているからだ。
つまり、「ABC予想を証明するための道具としてのIUT理論」などという低い捉え方ではなく、「数学の概念を一変させるかもしれない理論」としてIUT理論を認識している、ということだ。本書ではその姿勢が貫かれているために、「ABC予想」に関する記述は少ない。
これ以降は、ブログ「ルシルナ」でご覧いただけます
ここから先は
¥ 100
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?