【衝撃】自ら立ち上げた「大分トリニータ」を放漫経営で潰したとされる溝畑宏の「真の実像」に迫る本:『爆走社長の天国と地獄』(木村元彦)
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毀誉褒貶激しい「溝畑宏」という人物を仔細に掘り下げる『爆走社長の天国と地獄』から、「評価すること」の難しさについて考える
溝畑宏に対する様々な評判
私は本書を読んで初めて「溝畑宏」という人物の存在を知った。私は、サッカーに興味があるわけでも、大分県と関わりがあるわけでもない。なんとなく手に取ってみた本で扱われていたのが「溝畑宏」だった、というわけである。
彼が成し遂げたことが短くまとまっている文章があるので、まずはそれを引用してみよう。
なかなか凄まじい功績を持つ人物だと分かるだろう。サッカー界に限らず、スポーツ界全体を見渡してみても、彼ほどの成果を挙げた人物はそう多くはないのではないかと思う。
しかしそんな溝畑宏は、世間からこんな風に見られているらしい。
なかなかの言われようである。本書では、さらにこんな風にも書かれている。
彼が生み出したクラブチームのサポーターから嫌われているというのだから、なかなかの存在だろう。とにかく彼は、自ら作り上げた「大分トリニータ」のお膝元・大分県でもの凄く評判が悪いのだ。
しかし、かつて溝畑宏の近くにいた人物に著者が取材を行ってみると、大分印象が変わってくる。例えば、溝畑宏が大分トリニータの社長を解任させられたことを知った当時の監督は、選手たちに向かって、
と声を掛けたそうだ。恐らく監督の一方的な想いというわけではなく、選手も同調するだろうと考えたからこその言葉だろう。監督・選手からは評価されていたと考えていいだろう。
また、大分県の経済界の長老はこんな風に語っていた。
このまで評価が真っ二つに割れる人物もまた珍しいだろう。そんな「溝畑宏」とは、一体何者なのだろうか?
著者のスタンスと、本書のざっくりとした内容紹介
さて、本書の内容に触れる前にまず、著者のスタンスについて書いておくべきだろう。その理由は、次の文章を読めば理解できるはずだ。
本書の著者・木村元彦は元々「アンチ溝畑」の急先鋒のような存在だったのだそうだ。雑誌などで、彼を批判する論調の記事を多数執筆してきたと書いている。このような著者のスタンスを知っておくことは重要だろう。先述した通り溝畑は毀誉褒貶の激しい人物であるため、「彼に元から味方していた人物」による視点は、なかなか読者に受け入れられないかもしれない。一方本書は、「アンチ溝畑」だった著者の手によるものなので、その点についての心配はまったくないと言っていいだろう。
著者は大分トリニータの内情を調べ初めたのだが、その過程で「溝畑宏」の世間的なイメージとは異なる姿が浮かんできたのだという。取材をすればするほど、「監督や選手から信頼され、資金繰りに常に奔走しながら給料の遅配は一度もなく、スポンサーを即座に口説き落とすほどの夢を語った上でその夢を実現し、私費を投じ離婚してまで大分トリニータに人生を捧げてきた男」という人物像が作られていったのだそうだ。
もちろん、溝畑宏を批判する者たちにも彼なりの理由や理屈があるのだろう。著者にしたって、悪い部分がまったくない人物だなどと喧伝しているわけではない。しかし、「見えにくい部分にも真実が含まれている」ことは確かだろうし、そういう意味で本書は、「溝畑宏」という人物の捉え方を大きく変えさせる1冊なのだと思う。
溝畑宏は、「大分県にW杯を誘致する」という壮大な目標を掲げ、その第一歩としてゼロからクラブチームを作り上げた。それが「大分トリニータ」である。そして、スポンサー探しに日々奔走しつつ、県リーグから出発してチャンピオンに導くという、Jリーグ史上初の快挙を成し遂げたのだ。しかし、決して正しいとは言えない評価による誤解が積み重なり、凄まじい功績を上げながら失墜させられてしまった。そんな彼のことを、本書では「爆走社長」と評している。
溝畑宏が自治省に入省するところから物語は始まっていく。官僚とは思えない型破りな存在感を放ち続けた彼は、著名な数学者である父の一言がきっかけでサッカーに熱中していった。そんな風にして、「ゼロからクラブチームを立ち上げる」という無謀な挑戦に足を踏み入れることになったのだ。
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