グラマラスライフ
『森瑤子の帽子』。
この本を、なぜか読めずにいた。
内容を知りたいけれど、知りたくない気がした。
作家の華やかな表の顔に対する、イメージ通りに生きる影の努力のようなものを。
この本は、自らの人生をモデルに「女のテーマ」をいち早く小説にした作家の成功と孤独、そして日本のバブル期を数多くの証言を基に描いた傑作ノンフィクション。
作家や俳優や・・有名人の私生活は、公私の区別が難しいところがあるのだろう。
知らなくてもいいことは、知りたくない気もした。
それは、森瑤子が他界後に書かれた、お父上の本を読んでしまい、思いがけずショックを受けたことにも起因する。
まだ、若かった私は、小説のような実生活を信じて疑わなかったからだ。
この本にも切ない箇所がたくさんある。
表舞台、裏側について書いてある。
家族のこと、お金のこと。
最後まで愛していた元婚約者についても。
「雅代さんは小説の世界と自分の世界が重なり合っていて、小説の世界で暮らしたかったんです。楽しいことばかりでないということもいっぱい耳に入っていたけれど、彼女は憧れたことを実現していった。でも、創作者は立ち止まったら終わり。私は自分もそうだから、雅代さんが破滅と背中合わせのギリギリのところでやっているのはよくわかっていました。派手に見えたけれど、本当はいつも人恋しくて孤独で・・・・・・。彼女のためには何でもしてあげたい気になっていました。」
（画家・田村能里子さんの言葉）
森自身、果てしない欲望の行き着く先も哀しさも十分に知っていたに違いない。だが、もはや欲望を殺すことは、「森瑤子」であることを諦めること、そして女たちの期待を裏切ることに等しかった。
サガンが好き、デュラスが好き。
ゴージャスなハプニングを演出する森瑤子。
伊藤雅代さんが本名である。
完璧なマナーで食事を終えたあとに、コンパクトを出して口紅を直しながら、
『ちょっとの不作法が人をセクシーに見せるのよ。』と言ったりする。
作家・山田詠美の話が載っている。
森さんの英語は完璧なイングリッシュアクセント。上手でしたよ。だから何者？どこの国の人？って感じです。私は、その人が何者であるか分からなくても外国でウェイターが敬意を払ってしまう日本の女の人を二人知っています。塩野七生さんと森瑤子さんです。
「山田詠美は、若さ礼賛のこの国で、いかに年齢を重ねながら味わい深い人間味を醸し出していくか、森は素晴らしい教師であったが、大人の女を引き受けるのは、孤独と悲しみを隠しもつことにも気づいていた。」とある。
森瑤子や山田詠美の作品を、その小説の中のようなことは、まだまだ先の人生にあることと思いつつ、若い頃に読んだ。
主人公の会話や身のこなし、その背景を別世界のものとして楽しんだ。
山田詠美の何かの作品にあった、躑躅色のマニキュアが出てくる話は、美しい色彩として頭に残っている。
私は、不思議にも森瑤子が母より年上だったことを、考えてみたことがなかった。
それくらい、時代の最先端をいっていて、お洒落で、年齢など関係なかった。
特別な世界の人。
実生活も書いているのに、それもゴージャスだったからだ。
その影で、孤独に戦っていた森瑤子の素顔を見るのに勇気がいった。
「グラマラスライフを送る森瑤子」として覚えておきたい気もした。
それは、向田邦子の秘めていた恋のエピソードが公にされたことが、果たしてよかったのだろうか、と思ったことに似ている。
私は知らない方がよかったかも知れない、と思った時期があった。
作者も一人の人間として、大切な思い出をひっそりと、あの世に持っていきたいと願わなかっただろうか・・とまで、考えた。
このことについて、料理家のいこまゆきこさんとコメントを交わさせていただいたのだった。
ゆきこさんは向田邦子をよく読まれていて、同じ想いを持たれていたようだった。
私だけではなかったのだ・・・。
ファンの心理として、そう感じることもあっていい、と思えた。
両者とも素顔を知りたいと欲するファンがいるほどに、人々を魅了する作家だったということなのだろう。
森瑤子もまた、52歳という若さで亡くなった。
38歳でデビューして、十五年間で100冊を超える本を世に送り出したそうだ。
帽子、肩パットの入った服、真っ赤な口紅。
お年を召した姿を知りたかった。
『森瑤子の帽子』の表紙写真は、写真家・おおくぼひさこによるものだ。
RCサクセションの仲井戸麗市（CHABO)の奥様だ。
この本は、年月を経て今も手元にある。
いいなと思ったら応援しよう！
