幽玄なる硯になった石 / 伝統画材ラボ「PIGMENT」
こんにちは。
石と文字に惹かれて「硯」に辿り着いた時、真っ先に浮かんだのがこの亀。
この「麻子坑 彫花硯 亀 有眼」に魅了されたのは昨年の5月。今思うと、この亀が毛筆の世界へと導いてくれたような気がする。
(記事「『野筆』を携えて飛び出そう! / モンベル x 製硯師(せいけんし)青栁貴史氏の毛筆セット」)
石の特性と意匠の境界線がないというのか…自然と人の作意が溶け合ったというのか…とにかく私の心に刺さった亀。鼈(スッポン)もいる?
硯が必要になった時にはもう一度、この亀に会いにこようと。
亀、鼈、玄武。あー浦嶋伝説を思い出す。
早速、天王洲にある「PIGMENT」へ。
いつ見ても圧巻な4500色の顔料に感嘆。
亀硯は相変わらず堂々と鎮座しておりましたが、私にはまだまだ(お値段も)。なので亀ちゃんに挨拶して、もうひとつ気になってた硯を見せていただく。「緑端蘭亭硯」
なんでも道具から入るのよね。続けられるか?なんて吹っ飛ばして、とにかく「わー美しい!」と感じたものに触れたい。
そう言えば、まだ毛筆を習おうと微塵も思っていなかった昨年、天然唐木の筆置買ってた。使う時が来たわ〜ふふっ。
「緑端蘭亭硯」の蘭亭は、王羲之(おうぎし)の「蘭亭序」に由来。
永和9年(353年)、会稽郡の山陰県(今の浙江省紹興市)の蘭亭に文人、名士が集い宴が催され、そこで詠まれた37首詩集の序文が「蘭亭序」。
そして、その情景を硯に落とし込んだのが「蘭亭硯」。
側面も
裏も雅です。
裏って大切。持ち主にしか分からない密かな楽しみ。服も裏地が麗しいと嬉しいよね。
シルエットを崩さないよう、裏に細いチェーンが付けられているシャネルジャケットように。
そして墨。墨を磨るって磨くこと。
硯となる石の表面には「鋒鋩(ほうぼう)」と呼ばれる細かい凹凸があって、ここに墨がひっかかって磨れるという仕組み。
墨とは、油や松などを燃やし、出来た煤(すす)と膠(にかわ)を練り上げて作られたもの。膠は接着剤の役目を果たします。
墨には、菜種、胡麻などの植物油、鉱物油を原料とする「油煙墨(ゆえんぼく)」と、松材などを原料とする「松煙墨(しょうえんぼく)」があり、
この原料と炊き方の違いが黒という色に様々な表情を作るのだそう。
最近は動物性の膠を使用しない「無膠墨(むこうぼく)」なるものが登場。
開発された株式会社呉竹の開発秘話はこちら。
この緑端の硯にはどんな墨が相性良しなんだろう。実際に「磨る」を体験させていただきました。
水匙で
ほんの少し水を垂らして、
水を石に薄く馴染ませ
円を描くように磨ります。優しく磨くように。
トロッと粘度が出てきたらOK。
使い古した筆で墨をパレットに移します。堅い墨を研磨できる硯に直接新しい筆をあてると傷んでしまうので。
磨り口が割れてしまうので、水分を拭き取ります。
最初に磨ったのは「青燭精」という松煙。硯に少しひっかかるような感じを覚えたので、油煙「永楽」を。
凄い!石に吸い付くように滑らかに磨れる!
無になれますなー。馬で駈歩してる時のあの感覚。丹田に力を入れてあとは委ねる感じ。
楽しくなって、赤茶紫系の茶墨も磨らせていただいた。
滑りのある「永楽」。「薄赤茶系の上品な黒。濃いときは透明度のある漆黒、古くなるほど個性が現れる」って、素敵よね。
でも初心者の私には高価過ぎ。なので「和唐精妙」を。「茶みがかった重厚で複雑な品のよい黒」ですって。
石〜とブツブツ呟いてたので「石お好きなんですか?」と。原石資料を見せていただいた。
「端渓(たんけい)有名坑 原石資料」
硯となる天然石は、採掘場所により材質や石紋の個性が異なります。「硯で墨色も変わる」と言われる所以。
端渓硯(たんけいけん)は、中国・広東省肇慶市西江で採石される端渓石を使用した硯。端渓とは西江の古名が由来だそう。
その中でもさらに坑窟によって特性があり、最高級とされるのは左上の「老坑」の石。
触らせていただいた。おおっ!滑らかすべすべ、吸い付くような質感。これ…石なんだ…。服だとカシミヤだわ、うん最高級のカシミヤ。
緑の蘭亭硯の石はこれね。緑端。
歙州硯(きゅうじゅうけん)。中国・安徽省歙県龍尾山(現:江西省婺源県歙渓)の石でできた硯。端渓硯と並ぶ名硯。
端渓硯は坑窟の違いで分けていましたが、歙州硯は、石肌の文様で。
ずっと見ていられる石たちの表情。なんて麗しい。
石たちの特性と墨、そしてそこに筆と紙が加わり、これらの組み合わせで素晴らしい世界が生み出される。文房四宝(紙、墨、筆、硯)。
これは…沼ですな。
地中に眠っていた鉱物たちは美しい世界を連れてきてくれたのね。
嬉しい気持ちに満たされて外に出るとエンジン音。
ギアダウン(車輪出し)してるね、羽田が近いのよね。
さて、「あやしうこそものぐるほしけれ」の境地に飛ぼう。