
生きていたんだよな
ふと、あいみょんの曲が数日前に流れた。
ランダム再生していたら3曲目に流れてきた。
いままでそんなにすきというほどでもなかったけど、今回好きになったかもしれなかった。
曲のなかのちょっと唐突な語り口調に、背筋がぞぞぞとしてしまったのだけど(なぜかは分からない)
なんか妙に質感があるというか、なりふり構わない感じというか
躊躇がない感じ、素っ裸な感じ。
作品作り、、ってこういうのだな、なんて思い出してみたり。
こういう語り口調って、ワンオクのTakaの曲にもあったよね。
ayuもあった。
何気に好きなんだなあと気付く。挑戦、なりふり構わない感じ。
今の私に足りないものだなあと、感じたりしたのだった。
と、いっても、10~20代では全然やってた(赤面)公開できない曲が数曲…
詩とか詞とかも。演劇部だったし慣れてるはずだった
(詞は……。詞だけじゃ表現としてダメすぎて。だから曲作りしたかった。22歳あたりでやっとギターの練習ができる環境がわずかあったが、そのとき嬉しくて一日中練習するのを3日くらいやった。そしたらそこから3年は手が万年腱鞘炎で、箸を持つのも難儀した。ギターもピアノもだめだった。
悔しい青春……なけなしの貯金突っ込んで何とか一通り揃えて始めたDTMは耳コピでマウスで打ち込むまではできたけど、ピアノ出来ないと結構厳しいのと、結構考えて一式揃えたのに編集ソフトが初心者と相性が悪すぎる難解で手間が多いものを選んでしまったこと、そして体調も追い打ちで全然だめだった)
まあこの歳になると、もうこういう感じの体当たり表現は中々できないよね、歳ってなんて不自由なんだ。
ここ数日のきつさに再び希死念慮が湧いてきたとき、境界線を越えて既に旅立ったであろう人々の最後の一日。みたいな映像やイメージが生々しく映画のような表現力で音や空気感を纏ってたくさん脳に浮かんできていた。
同調した感じだった。プツンと切られた前向きな気持ちの糸、諦観、厭世、離人感……思考の逃げ場のない怒涛。疲労困憊。意外にも理知、そして爽やかなやるせなさ。瞬間、瞬間、瞬間、の日常と影響の光景のカット。
そのなかでBGMみたいにこの曲が流れてきたことがあった。数日前に聞いていたからだけど、やけにリアルだった。
単純に、自分が境界線の向こう側でも、そのように歌ってもらえたら嬉しいなと感じたり。私は、血をふき取ってもらったら「ああ、ご迷惑をおかけします」、って思うなとか思ってみたり
昔友達だった人たちの創作を思い出したり
きれいで~
この歌声とても美しい。
あいみょんが好きになったかもしれない。
死ななかった自分と
流れてきた映像の人々のことも一緒に
臨死体験も含めて死んだ何回もの自分を見送る気持ちと一緒に。
生きて生きて生きて生きて生きて
生きて生きて生きていたんだよな
いい曲。