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墓石問答

 想像力を働かすと怖い話(特に最後の方)になりますので、ここから先は不許薫酒入山門と致し度候。
 拙は僧侶ではないけど…さて。
 西日本新聞に、墓地を廃して公園化するのだが管理者(使用者)が不明瞭で手に余るという記事があった。これは現在処々で見られる現象で話題に事欠かない。実際にそこを訪れる事が出来ないのではっきりしたことは言えないが、閲覧できる写真を拝観するにいわゆる凝灰岩系の墓石が立ち並んで今日の舶来白黒御影石が並ぶ味も塩気もない新興霊園と比較すると撤去するには勿体なく感じた。
 人工の空間を放置して荒れるに任せるのは見苦しい。ことに墓地のような敬遠される空間であると負のイメージが加算される。だがそれが本当に景観上劣るのかということについて異議を唱えたい。
 新聞で取り上げられた場所をGoogle-earthで見て見ると、都市計画道路の工事が施行中の場所でトンネルになっており墓地はその上にかかっている。死体が埋められている場所の下を通り抜けるというのはやはり気味が悪い。しかしこの墓地が邪魔者扱いされたのは、道路建設がきっかけだろう。都市計画決定時にこの事に気が付かなかったとは思えない。それどころか道路や公園のような都市施設が墓地にかかることは珍しいことではない。
 ちなみに日本で一番有名な墓地と言うと東京の青山霊園と思われるが、この墓地が公園として染井や谷中とともに都市計画決定されたのは昭和30年代初頭の事である。しかし埋葬者の数が半端なく多く、またその関係者すべてに判子を貰うというのはそれこそ無理芸で、かてて加えてわが国のエスタブリッシュメントが挙って入り今でも権利金等呆れかえるほど高額であるにもかかわらず令和の今日でも使用希望者が絶えないという墓地である。恐らく革命などの政変等や大震災などのマグナヂザスタでも起きなければ、用途転用など出来る筈がない。
 因みに新聞で取り上げられた墓地は青山霊園と対極の位置にあるらしい。著名人らしきものの墓地もなく…あったとしたらとっくの昔に移転済みだろう。殆どの墓が明治、大正時代の創建で既に縁故者がいないものの法定相続人手続きの煩瑣さからやはり責任者の割り出しが難しく、行政代執行という手続きが必要になる案件である。しかしここで本当にその公園が必要であるのか、さらにその都市計画道路が必要であるのか、についても再考する必要がある。
 美学の世界では、廃墟の美というのがあって、それは使用されなくなった建築物等が枯れることによる独特の風情を享受することであるらしい。廃墓地についても廃墟の美というのが考えられる。だとするならば、問題になった墓地もありふれた公園とするより必要最小限の手を加える事により観光名所になりうる。そうすればそのエリアの経済は活発化し、自治体の運営に貢献する事になりはしないだろうか。
 それにつけても地場産材を大陸中国からの輸入品に置き換える自治体の事業、今の日本経済を象徴していますね。台湾有事の可能性が私、気になりますけど、大反省無き様にお願いいたします。

人口の空間が荒れてしまうと見苦しい
目端の効かない場所はバンダリズムの標的となる
火災で放置された住宅に対する行政代執行
墓山から見る田方平野



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