モーツァルトはミーントーンを使用したのか? (音律史について自分で調べたことのまとめ-3)

 以下はyoutubeのコミュニティに投稿した複数の文章をほとんどそのままコピペしたものです。私は研究者ではありませんし、音楽もしていません。情報元はほとんどネット上の論文です。できるだけ18世紀、19世紀当時の直接的な記述を探すようにはしています。
 言いたいことは、情報元を確認してほしい、ということです。そして、芸術的解釈と、厳密な音楽史の研究は区別して、どこからどこまでが確実に言えて、どこからは推測なのかをはっきりする必要があります。私はもう音律関係のことを漁るのには満足しましたし、何かこの記事にコメントがあったとしても返すかどうかはわかりませんが、もし何か音律史についてこの記事のようなてきとうなものではなく、きちんとした主張をしたいのならば、ドイツ語の書籍をあさったり、当時の書籍や書簡をあさったりする必要があるかと思います。私はこうしたことをしませんでしたが、研究したい場合、できることです、ぜひそうしてください。

 前回の投稿で、モーツァルトの時代にはすでにドイツ、オーストリアは平均律優位になっていたという主張を支持するいくつかの証拠に触れました。 では、モーツァルトの曲の調性がミーントーン適合しているように見える事実はどう考えるのか、という問題が出ます。そのせいもあるのか、モーツァルトはミーントーンを使用したと断言する記述が各所に見られます(しかしながら、直接的な証拠は確認できていません)。
 ここの問題を、私は芸術的にはモーツァルト=PUREミーントーン(or modified kirnberger)派であるのもあり(なぜか平均律のモーツァルトはどうも好きになれなくてですね。。。)、まあ、掘り下げるというか、いじくりまわしてみようと。
 これについてまず、本当にこの偏りがモーツァルトだけのものなのかをサクッと上辺だけ調べてみました。

On the Usage of Musical Keys: A Descriptive Statistical Perspective (主調のみまとめたもののようです。楽章ごとの調性変化は考慮していないっぽい) https://staff.washington.edu/marzban/...

classical-composers-favorite-keys (下の画像が小さいですが、右クリックから画像のみを新たなタブに開けば大きくなります。) https://standrewspianotuition.co.uk/p...

これらを見ると、確かにモーツァルト程調が偏っている作曲家は珍しい、ということがわかります。ハイドンはモーツァルトと似ていますが。その一方で、大体の作曲家が白鍵の調性を好む傾向がある、ということもわかります。で、これはどうもクラシックだけの問題ではないようです。

Analyzing the Harmonic Structure of Music: Modes, Keys and Clustering Musical Genres
https://methodmatters.github.io/music...

こちらの図をサクッと見ればわかるのですが、割と♭シャープのない調が優位です。  
 この偏りをみてどう思うかは人それぞれと思います。1つの解釈は、モーツァルトはミーントーンを使用していた、というものです。こういう推測をするのは楽ですし、実際に弾いてみたり、何百万回も聴いてみたりして、やっぱり合っている、響きの悪いところも計算している、と主張するのも、平均律を使用していたはずだと主張することと同じぐらいに簡単です。しかし簡単であるからこそ、注意しなければならないのです。単に多くある仮説の山の中の1つに過ぎないのです。確かに、例えばモーツァルトはまだミーントーンが比較的好まれていたイタリアへ旅行へ行っていたようで、そうした経験からミーントーン志向になったということはできますし、父の教えを大切に守ってきたということもできます。しかし全て推測でしかありませんし、年代と場所を考えれば、不等律であったとしてもむしろキルンベルガー2を使用した可能性も十分にあります。
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モーツァルトが魔笛においてキルンベルガーの純正作曲の技法の本に載っているフレーズをパクったのではないかという疑惑を検証した論文、オープンアクセスでなくて、私も読めていないのですが。
MOZART, KIRNBERGER AND THE IDEA OF MUSICAL PURITY: REVISITING TWO SKETCHES FROM 1782
https://www.cambridge.org/core/journa...
)
ヴァロッティ音律のようなwell temperamentであったかもしれません。
 ほかの仮説は多く上げることができます。種々の楽器の弾きやすさが関連しているかもしれません。ハイドンなどの先人の真似をしていただけかもしれません。何か調性格論の関連で、彼独自の主張があったのかもしれません。いづれにしても、どれもここにある情報だけでは、これらの仮説を支持する、直接的な証拠にはなりえないのです。
 モーツァルトの音楽はすべてPureミーントーンで演奏できるので、ミーントーンではない音律で作曲した結果の偶然とは考えづらい、という主張もあるでしょう。これについても、私は懐疑的です。調べてみればわかりますが、ネット上で個人的に、Pureミーントーンでモーツァルトは厳しいと主張している人がいます。実際、例えばピアノソナタ2番2楽章は香ばしい感じになりますし、14番はなかなかの厳しさです。私が動画投稿したK. 570も、ましな方ではありますが、ウルフを跨ぐ響きが多く存在し、移調などすべきという意見をネット上で見たこともあります。ハ短調などの、ミーントーンだときわどい響きになる調が、まあまあある、ということです。私は、これらの響きは、これはこれでよいと思いますが、全員に対してではないでしょう。あなたがわかっていないからだと主張するのは簡単ですが、私はそれが良いこととは思いません。それでは、改良ミーントーンならばどうでしょうか。実際この時代のイタリアではこうしたミーントーンも広がり始めていたようですし、フランスもまだ改良ミーントーンが存在したはずです。時代的にはpureよりも可能性があるのですが、こうした改良ミーントーンは、厳しい響きがマイルドになっているので、演奏可能かどうかの判定が難しいという問題があります。移調や調律替えについても、同じ理由で歴史学的な検証には使用しづらいです。結局、主観のブレによりミーントーン曲になったり、well temperament曲になったり、equalになったりするわけです。
 確かに、調性の偏りだけ見れば、モーツァルトがミーントーンを使用したという説明は、有力な仮説の1つです。しかし周りの状況を見た時に、首をかしげたくなるいくつかのことが、個人的にはあります。まず、この時代は平均律が主流であったはずですが、平均律を彼はどれだけ考慮したのでしょうか。ミーントーンで曲を作っても、ミーントーンで演奏してもらえなければ無意味です。それならばなぜ、ミーントーンでも演奏できると書かなかったのでしょうか。それ以前に、なぜ、どこか手紙などに、私はミーントーンでも演奏可能なようにしているなどと書いていないのでしょうか(平均律を嫌っていたと書いていたという話がありますが、出典を確認できません。もしそういう話があっても、どういう文脈の話なのかが重要ですが、ウェルテンペラメントと比べて? ヴェルクマイスターが発表したほとんど平均律みたいなミーントーンとくらべて? キルンベルガーと比べて?)。
 そもそもの話が、上で挙げた調分布のデータは、ピアノ曲だけのものではありません。交響曲とか、四重奏とか、そういうものすべてをひっくるめてのものなのです。では、こうした曲も全てミーントーン調律のピアノで行い、それら楽器の響きの、新たな可能性を考慮しなかったということなのでしょうか?
 私のようなくそみたいな素人では、結論を出すような直接的な証拠は見つけられません。ただ1つ可能性の高い事柄があります。モーツァルトはおそらく、自分の作品を平均律で弾かれることを覚悟しなければならなかったであろう、ということです。ですから私が調べた証拠を基にする限り、当時の人が多く使用していた可能性の高い平均律にするか、モーツァルトが本当は使用してほしかった可能性がなくはないミーントーンを使うか、当時の主要な代替案であったキルンベルガー2を使うか、中間をとって無難にヴァロッティにするか、そういう判断をすることになります。芸術的には、どうしようと自由です。

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