アリストテレス/三浦洋訳『政治学(上・下)』(光文社古典新訳文庫、2023年)を読んで。
アリストテレスの政治学は言わずと知れた政治哲学の古典である。トマス・アクィナスの神学大全の人間論においてこの著作が頻繁に言及されており、トマスが豊かな洞察を得ていた書物であることがわかる。政治思想、政治理論を学ぶ上で重要な著作でありながらも、日本の読者が本書を読むには時々再版される岩波文庫の山本光雄訳か西洋古典叢書の牛田徳子訳を読むしかなかった。岩波文庫の山本訳は品切れが続いており、牛田訳は単行本のため持ち歩きには適さない。本書は光文社古典新訳文庫で詩学を訳した訳者による待望の翻訳と言えよう。
政治学は重要著作であることが指摘されていても、どこか研究がための書物であると思っていた。しかし訳者による詩学の翻訳がそうであったようにアリストテレスの政治学もまた現役の政治哲学の古典であることが知らされる。まず読み進めて目を開かれるのは、そこに記されたアリストテレス自身の瑞々しい観察である。そこには人間の生の営みを見極めようとするまなざしがある。わたしたちは政治学や政治理論はどこか机上の空論であると見なしていたりはしていないだろうか。この著作を読み進める読者は、今の現代政治において時に見失われがちな健全な政治のあり方と政治のあるべき姿とを見出すであろう。中でも印象的なのはアリストテレスのこの著作そのものがプラトンの国家篇を導きとしていることである。
先に詩学を翻訳された訳者ならではの最新の研究動向を反映した訳注は議論の所在を丁寧に解説しながら、読者をより深い読解へと導いてくれる。アリストテレスの他の著作のみならずプラトンの国家篇での議論を突き合わせる訳注は、本書を読み解くためにだけでなく、広くアリストテレスの著作を古典として享受しようとする読者にとって得難い導きとなるものである。
本書の解説は、本文の議論を拾いつつも、この著作が現代において如何に読み解かれうるかを正義論の文脈から読み解いていくものである。いまわたしたちが政治哲学において議論していることの根本に位置するアリストテレスの政治思想を明らかにするものといえよう。とはいえその解説は、読者に現代の書として政治学という著作そのものを今日という文脈に置こうとするものであり、むしろ本文を隅々まで読むことを求めている。2400年の時を超えてアリストテレスの肉声を響かせる待望の古典新訳である。
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