【ピリカ文庫】タルトタタンとタンタタン
「タルトタタンのね、響きが好きなの。タルトタタン・タルトタタンって頭の中で唱えてると、それがいつの間にかタンタタン・タンタタンってリズムに聴こえてくるのよ」
朗らかでお茶目なクララ・ランズベリー。みんな彼女のことが大好き。
春の花が咲き乱れるランズベリー夫人のガーデンでお茶会をしたとき、林檎の時期になったらまたこの場所で集まりましょう、と約束した。
「秋のお茶会で、アンナのタルトタタンが食べたい」と夫人にお願いされた私は、その幸せを逃さぬよう、「もちろん喜んで!」と即答した。
ランズベリー夫人は、私の作るタルトタタンのファンなのだ。
「最後の晩餐はアンナの作るタルトタタンがいいわ」なんて言うくらい、お気に召している。
普段、人から褒められることのない私は、彼女から最高の賛辞を受け、頬の産毛が逆立つほど舞い上がった。
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タルトタタンとは何なのか?少しご説明すると…
フランス発祥のお菓子で、タタン姉妹の失敗から生まれた林檎のケーキのこと。
バターと砂糖で煮詰めた飴色の林檎がゴロゴロ入っていて、甘酸っぱい果肉はカラメルで照り輝いている。そして、溢れる果汁と甘くほろ苦いカラメルを受け止めるタルト生地。
一度食べたら虜になってしまう魔法のお菓子。それがタルトタタンなのだ。
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やがて秋が訪れ、果樹園の林檎も色づいた頃。あの宣言どおり、ランズベリー夫人のお屋敷でお茶会が開かれた。
私は朝早くから林檎をグツグツ煮て、タルト生地を敷き詰め、オーブンで焼いた。そして型から大きめの皿にひっくり返すと、崩れることなく完璧なタルトタタンが姿を現した。
甘い香りが漂うキッチンで、バスケットを準備する。きっと夫人は目を輝かせ、愛おしそうにこのケーキを頬張るだろう。そう思っていた。
それがなぜ、あんなことに?
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「ランズベリー夫人!しっかりなさって!」
「早く、救急車を!」
「いや、医者を呼んだ方が早い」
「今、執事が向かいました!」
タルトタタンを一口食べたランズベリー夫人は、呻き声とともに椅子から倒れた。
体を揺すり、声をかけても反応がない。
辺りを見回すと、なぜか夫人の姪のリタとミルズ夫妻、そして夫人の親友、モリーさんの姿がなかった。
ランズベリー夫人の側に残ったのは、お茶会初参加のコリンズさんと私だけ。
みるみる顔色が変わってゆく夫人。私はパニックを起こしながらも何をすべきか必死に考えた。まずは心臓マッサージ。
「お願い!お願いよ!」
「待ちなさい。それより体を縦にするんだ」
泣き叫ぶ私を押しのけ、コリンズさんは夫人の上体を起こして背中をバンバン叩いた。
「やめて!正気ですか?」
すると、夫人の口からポロッと何かがこぼれ落ちた。
「犯人はコレですよ」
「林檎…」
咀嚼されなかった林檎の欠片が喉に詰まっていたようだ。
「何か気つけになるものを探してきます。アンナさんは奥様を見ていてください」
ぐったりとする夫人の体を支えながら、私は声をかけ続けた。
「目を覚まして!ランズベリー夫人。あなたのために作ったタルトタタン、とっても上手に出来たんですよ?だから…お願い」
ふと思い出し、タンタタン、タンタタンと、彼女が口ずさんでいたリズムで背中を叩く。
タンタタン…タンタタン…タンタタン…タンタタン…
「タルト…タタン…」
「夫人!」
「まあ、アンナ、泣かないで」
「嬉し泣きです」
「大丈夫。私、なんだかとっても楽しい気分よ」
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ドクターが駆けつけホッとしたのも束の間、何やら屋敷の方から不穏な声が聞こえてきた。
「あなた達!服の中に隠している物、全部出しなさい!」
「リタ、そういうあなたはクララの部屋で何を物色してたの?」
「物色?人聞きの悪い。モリーさんこそ、私が来る前、おば様の部屋にいたのを見たわ」
「私はクララに膝掛けを持って行こうとして…」
「膝掛けなら椅子の背もたれに掛かったままよ。あっ!コリンズさん、バート(執事)も。ミルズ夫妻を捕まえて!」
「あなた達、恥ずかしくないのですか?」
「そうよ、クララが倒れたっていうのに」
「モリーさん、あなたが窯にくべたもの、火が着いてなかったので取り出しておきましたよ」
「あら?それ、おば様の編みかけのレースよ」
彼らの話は全てガーデンに筒抜け。ドクターに診てもらいながら、クララ・ランズベリーは悲愴感に満ちた深い溜め息をついた。
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コリンズさんの正体は、弁護士だった。
遺言状の内容を改めたいという夫人に呼ばれ、ここへ来たそうだ。
彼女の遺産の殆どは、夫人の弟に相続させる予定だったが、彼はそれを放棄する代わりに当面の金を無心してきた。結果、夫人は全ての財産を姪のリタに相続させることにした。
しかし、夫人が危機に瀕しているとき、リタは贋の遺言状とすり替えようとしておばの寝室にいるところを見つかった。リタは棚ぼたを自ら潰したのである。
ミルズ夫妻は、夫人が倒れた混乱に乗じて金品を盗もうとしていた。他の屋敷でも、同じ手口を繰り返していた常習犯だった。
モリーさんはというと、毎年出品するレース編みのコンテストで、いつもランズベリー夫人に僅差で及ばず、優勝を逃してきた。それが悔しくて、親友の作品を滅茶苦茶にしようとしたらしい。
魔がさしたのだと泣いて謝ったが、見殺しにされた夫人の心は癒えなかった。
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あの一件から、ランズベリー夫人がお茶会を開くことは一度もなかった。
それでも林檎の季節になると、私はタルトタタンを焼いて夫人のところへ持って行き、二人だけのティータイムを楽しんだ。
「ねえ、アンナ、もし私が死んだら…」
「ランズベリー夫人!それは何度もお断りしたはずです。私の幸せは、私の作るタルトタタンを一番美味しいと褒めてくれるあなたがいることなんですから。ほら、今回も自信作なんですよ」
大きめに切り分けたタルトタタンを皿に載せ、夫人の前にコトンと置く。
すると、夫人の瞳はカラメルを纏ったリンゴよりキラキラと輝き、ご機嫌になった。
「タルトタタン・タンタタン♪ タルトタタン・タンタタン♪」
「ふふ、楽しいですね」
「ハッ!」
突然、パッと目を見開く夫人。
「どうしたんです?」
「私、すごいこと思いついちゃった!」
「すごいこと?」
「あのね、私の遺産は、美味しい林檎と美しい果樹園の広がるこの風景がいつまでも続くように使ってもらうの!どう?」
「まあ、それ、とっても素敵な考えですわ。でもね、ランズベリー夫人。お願いですから、今はタルトタタンを召し上がれ!」
~ おわり ~
最後まで読んでいただき、ありがとうございました🍎
『スイーツ』をテーマにいかがですか?と、ピリカ文庫への招待状をくださったピリカさん、本当にありがとうございました!💖
昨年、『月』をテーマに書かせていただいてからおよそ一年。このときのピリカ文庫とピリカさんの朗読がきっかけで、『リカルド~月~』の連載を始めました。
新たな一歩をくれたピリカ文庫に、またこうして物語を寄せる機会をいただけて、とてもうれしかったです☺️
この物語を書くに当たり(?)、タルトタタンを入手すべくケーキ屋をハシゴしたんですが、見つからず😹記憶を頼りに書きました。
今からでもいい…とにかく食べたい!
砂糖沼のロッタはタルトタタンを探し彷徨っております。そういう妖怪です🍎