ニュー・バロメーター
突然ですが、丹光って知ってます?
ざっくりだと、主に暗いところで目を閉じた時に、瞼の裏に光や色や模様がみえる現象?を指す言葉なんですが。
実は筆者、この丹光が基本はみえてるの。ただ、それに名称があることや、意味あいがあるらしいという情報を得たのは半年前ぐらいからになります。
※以下の記事の最後に、現象について描写した部分がありますが、その時は丹光という呼称があることを知りませんでした。
それまでは、皆みているものかなとか、人体ってそういうものかと思って、正直さほど気にしたことがなく、人に話した覚えもなくて。視力検査で目に異常とかも特にないしね〜。上の記事を書く頃、ひょんなことで、それは“チャクラ”が開いてんだよ、という説を知り、展開が急すぎんぞ!とびっくり笑
チャ、チャクラってあれか…?マンガとかで出てくるやつ…?←
当初そのぐらいの認識でした。
ちなみにチャクラというのは、人体に存在する生命エネルギーの出入り口と言われていて、第1~第7チャクラまである中で、丹光に関係するのは第6チャクラ(いわゆるサードアイ)のよう。
ホントかどうかはともかく、丹光がみえる状態=人間(この場合は自分?)のチャクラから出てるものがみえてる、と。気功とか、ヨガや瞑想やってる人はみやすいらしいけど、私なにもやってないよ😨
で、『マジであれってなんなんだろうな?』という疑問が大きくなってきた筆者。つい調べてしまい、固有名詞以外の話にも行き当たってくわけです。
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皆様は、寝る時にお部屋を暗くされますか?
丹光は、暗いところで目を瞑ってしばらくすると、みえる人にはみえる、とされていて、皆様の中にも『言われてみればアレがそうか?』なんてかたがおられるかもしれませんね。
自分の場合、部屋の電気は消して寝るタイプで、照明以外の家電の表示ランプもまぶしく感じると布をかけるほど。なので、寝室はある程度暗いです。その暗がりで5分程へなへな体操を行うため(大丈夫!こわくないよ😉)、網膜に光の像が残る状況でもないでしょう。
そうして、徐に眠る態勢に入るのですが…。
さてそこで、せっかくなら、筆者は一応絵を描く者ですから、自分のみてるものをある程度は表現せねばと、描いてみることにしました🎨それが以下。
瞼は自然に下ろして視界を遮っている状態です。
まずは目を閉じた直後ぐらい。(筆者のPCモニターを基準にしてます。)
ここから、平均で15秒ほどかな…?時間の経過につれて、いわゆる丹光と思しきものがみえてきます。
実は、その様子を表現した絵を今回の見出し画像にしたのですが、同じ絵を使って少し説明を加えてみたのが次の図。(絵のみを確認されたいかたは、お手数ながらトップ画をご覧くださいませ。)
はい、これらが普段みえてるものです。いかがでしたでしょうか。
そう、ここまで「みえる」という言葉を使ってきましたが、自分としては、瞼の裏に映っているというより、「脳が感知している」というほうが近い。
ついでに、主に暗所でみえるとされているところ、薄明るいところでもみえたりします👁その代わりというのも変だけど、筆者は光の色はみえますが、文字とか数字とかそういう類のものはみたことないですね。それがみえたら個人的には結構こわいかも^^;(ワタシは一体どうしてしまったんだ的な)
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で、ですよ。
丹光をみやすいのはどういう条件かっていうのに、先ほど書いた気功やヨガやってるっていう他にも何点かあるみたい。あくまで説だと思いますんで、真相は謎だけど笑
中でもいかにも的なのが、“霊感が強い”というやつだ。
筆者は以前からも言ってますが、オバケはおそらく見たことがありません。明らかに幽霊を見た、という自覚がない。
霊感ってそれだけじゃないのかもしれないけど、はっきりわからないので、とりあえずそれも該当しないってことで。
だとしたら何なのよ、ってなるじゃない。そしたら、なるほどこのあたりが妥当なところか…という項目があることはありました。それが、リラックス状態というのと、子どもの心を維持してる、っていうの。
確かに、気分的にのんびりしてる時によくみえる気がする。ていうか、何も考えてない時?笑 あ、すなわち邪気がないっていうのにも直結するか…?
変な話、大人らしい人は、おそらくそもそもそういうものに注意を向けないでしょうから、まあみないだろうね。
筆者も、実はたまにみえなくなることもあるんですよ。これまでなぜかわからなかったのが、現象について調べていく上で、あ~そういうことかって。 こないだも、一時『そういえばハテ?』という日があったんです。今はまた普通に?みえてるけど。(ゆうべもみえました🤭)
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ちなみに丹光は、みえる光の色によって当人の様々な現在の状態がわかると考えられているようです。こういう場合は元気、こういう場合は沈んでる、とかね。まあもっと細かく言えばいろいろあるんだけど、筆者は一応、色の対応を知ることは知りましたが、ふ~ん、ぐらいで、それ以上追求しようという気は今のところないかな。『あっ今日は〇色だからこうなんだ!』っていちいち気にするのも変だし、それって誰が確証づけてんのかっていうのも思っちゃったりするので笑
自分の体調というか状態に関しては、もっと身体的なところでわかることがあります。疲れてくると、蕁麻疹様のものが出る時がありまして。局所的にぽつんぽつんという感じなんですが、ん…なんかカユイと思ったら現れてて、『うわ、またおまえか!』と。しかもだいたい出現場所が決まってるというね。次の日には消えてるんですけど。
あと、目が半目に笑 実際は一応開いてるものの、体感的には半目💦
元々、体力<気力のタイプで、気力で体を引きずってることを意識があまりない時に教えてくれてるんだと思って、それは気をつけるようにしてます。
丹光は、判断要素としては、まあ…みえるかみえないかぐらいですかね~。みえないと、自分の場合はやはり平常ではないのかもしれないな。みえたら単純に楽しいというかおもしろいので、感じる日々のほうがいいとは思う。そう考えると、筆者にとっては新たなバロメーター登場ってことなのかな?
ひょっとして、訓練?したら、人様のオーラなんかも視えるようになったりするのかしら。だとしても、やりませんが…笑 そういう力のある人は他に意外とたくさんいらっしゃることでしょうし。
まずは自分が健やかに過ごすことが、ひいては世のため人のためになるんじゃないのと。
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筆者は、神様はおられると思っていますが、神様は人を救うためにおられるわけではないとも思っています。別に不謹慎や不信心なつもりではなくて、そもそも、神様がただの一人間のために願いを叶えてくださるという発想に至らないだけです。そうなったらうれしいな~とかはあってもね!
ただ、そこにいらっしゃる神様。
太陽や風雨、そういった何かの対象に、静かに感謝するかどうかかなぁと。
ただいるだけで何かしてくれるわけではない神なんて無意味と考える人にはいないってことになるのかな?
あ、そうだ!
法事の際、ボウズ読経中、試しに目を閉じてみたら丹光みえたことあるわ✨日中なんで、堂の中とはいえそこそこ明るかったはずのところです。(貴様なにやってんだよ)
ていうか、お坊様たちはこの現代社会において、自分たちの存在意義をどう考えておいでなのでしょう。以前からボウズに興味津々の筆者の関心事。←
まあお坊さん…だいたいニンゲンだからなあ…。(おこられんぞ!)