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【H】「金融収支」の総額を見ても新NISAについては何も分からない件について
本記事は、以下の円安の記事を書く際に自分でも良く分かっていなかった「新NISAと金融収支の関係」についての補足記事である。
新NISA等の家計の海外投資の動向を見たいとき、国際収支のなかの「金融収支」を見ればよいと思っていないだろうか?私もそう思っていたのだが、どうもそれは誤解だったようなのだ。「金融収支」の「合算値」を見ても、新NISAについては何も分からないようなのだ。
さて、この誤解はある程度の広がりを持っていると思われる。たとえば、みずほリサーチ&テクノロジーズの以下のリポートも、この「金融収支を見れば、新NISAの動向がわかる」という誤解を共有しているように思われる。一部引用する。
新NISAの円安・ドル高圧力は局所的であり、ドル円の方向感を左右する材料にはなり難いと考えられる。家計の外貨資産への投資は国際収支統計上、金融収支に反映されるが、ドル円と金融収支の連動性は小さい。むしろ、金融収支はドル円に遅行する傾向がある(図表4)。すなわち、ドル円が何らかの要因で、ラグを伴って金融収支に作用している可能性がある一方、金融収支がドル円に影響を与えている可能性は極めて小さいといえる。
このように広く誤解されているとすれば、その誤解を解くことは有益だろう。
さて、結論を繰り返せば、「金融収支」の「合算値」を見ても、新NISA等の家計の外貨資産への投資については何も分からない。
なぜ、そうなるのか。私も最初は誤解していた。
「金融収支」は外貨資産が増えればプラスとなるのだから、新NISA等の外貨投資が行われれば、金融収支はプラスとなるのではないか。だから、新NISA等が普及するにつれ、金融収支のプラス幅が拡大するのではないか。
そうではないようなのだ。
そのように思ったきっかけは、以下の国際収支の恒等式だ。これが必ず成り立っているとされている。
経常収支 - 金融収支 = 0
金融収支を右辺に移行すると、以下が得られる。
経常収支 = 金融収支
これが普通どのように成り立つかというと、たとえば、以下のような感じだ。
経常収支に含まれる貿易収支を考える。日本がアメリカに100万円相当の車を売ったら、貿易黒字で貿易収支はプラス100万円、よって、貿易収支を含む経常収支もプラス100万円だ。
このとき、日本は100万円相当の外貨、たとえば1万ドルを受け取っている。金融収支とは金融資産の変動であり、資産が増えればプラスである。だから、金融収支は受け取った車の代金の分だけ「1万ドル=100万円」のプラスだ。
こうして、「経常収支 = 金融収支」となる。
さて、ここで新NISAで米国株を100万円分買った場合を考える。
外貨建ての資産が増えたのだから、当然に金融収支はプラス100万円だ。
では、経常収支は?ここには経常収支に含まれる要素が何もない。貿易収支に含まれるモノのやり取りもないし、サービス収支に含まれるサービスのやり取りもない。第一次所得収支に含まれる配当等のやり取りもない。経常収支はプラス100万円ではなく、ゼロだ。
つまり、これでは「経常収支 = 金融収支」は成り立たない。
とすると、どういうことになるか。金融収支が実はゼロでないといけないことになるだろう。実際、そうであるようなのだ。
100万円でアメリカ株に投資する場合、100万円をまずは1万ドルに交換し、その上で米国株を買うわけである。つまり、100万円分の米国株を買う前に、まずは両替がある。
このとき、日本は1万ドルの外貨資産を得るが、このとき取引の相手方の存在を考えると、100万円を外国によって持たれるということになる。
自分の外貨資産の増加は金融収支にプラス。自国通貨を相手に(相手にとっての)外貨資産として持たれると、金融収支はマイナスである。
これは輸入によって貿易赤字が生じたとき、経常収支がマイナスとなるが、それと同じだけのマイナスが金融収支に記録され、恒等式が成り立つのと同じことである。そこでも自国通貨を外国に持たれたので金融収支がマイナスということになる。
要するに、家計の外貨資産投資では、金融収支の中でプラスとマイナスが同額で生じ、金融収支はプラスマイナスゼロになる。具体的には、株式を含む「証券投資」がプラスになり、現金を含む「その他投資」が同額マイナスとなるのだ。
もちろん、以上は日本人が持つ日本円をアメリカ人が持つドルと交換した場合の話だ。日本人が持つ日本円と日本人が持つドルを交換した場合には、「国際」収支の一部としての金融収支には何も生じない。
(注:国際収支統計では国籍ではなく住所で区別されるので、日本人ではなく日本在住者というのが正確)
以上から、先に引用したリポートの議論が(少なくともこの部分に関しては)妥当でないことは明らかであるように思われる。
新NISAの円安・ドル高圧力は局所的であり、ドル円の方向感を左右する材料にはなり難いと考えられる。家計の外貨資産への投資は国際収支統計上、金融収支に反映されるが、ドル円と金融収支の連動性は小さい。
家計の外貨資産への投資は「金融収支」の総額を見ても何も見えてこない。だから、家計の外貨資産への投資は「金融収支」には反映されない。それを見ようと思えば「証券投資」の項目だけを見なければならない。
「金融収支」を見ると、家計の外貨資産への投資は、海外によって日本円を持たれることを反映する「その他投資」のマイナスによって、「証券投資」のプラスが打ち消されて、合計ゼロになってしまっているのである。