著者が語る:『現代思想』総特集における3つの巻頭論文!
私は、翻訳したフォン・ノイマン、クルト・ゲーデル、アラン・チューリングの代表的な論文が、3人を特集する3冊の『現代思想』総特集の巻頭を飾るという栄誉に浴している。以下、それらを発行順にご紹介しよう。
1.クルト・ゲーデル「数学基礎論における幾つかの基本的定理とその帰結」
Kurt Gödel, “Some Basic Theorems on the Foundations of Mathematics and Their Implications,” in Solomon Feferman et al. ed., Kurt Gödel Collected Works Volume III: Unpublished Essays and Lectures, Oxford: Oxford University Press, pp. 304-323, 1995.
1951年12月26日、45歳のゲーデルは、ブラウン大学で開催されたアメリカ数学会第25回ギブス講演で「数学基礎論における幾つかの基本的定理とその帰結」を講演した。ゲーデルの題目は控え目だが、「数学基礎論における幾つかの基本的定理」とは第一不完全性定理と第二不完全性定理を指し、「その帰結」とは哲学的帰結を意味する。したがって、実際の講演内容は、「不完全性定理の哲学的帰結」といえるものだった。
会場は、不完全性定理を証明した天才を一目見ようと集まった聴衆で満員になり、講演終了後には、熱狂的な拍手が続いた。ゲーデルが降壇すると、彼の妻アデルは「クルテール、あなたの講演、他の人のとは、とても比べものにならないわ」と言った。ゲーデルの表情は「得意満面だった」という。
「新装版」が、2017年に発行されている。
2.アラン・チューリング「計算機械と知性」
Alan Turing, “Computing Machinery and Intelligence,” MIND: 236, 433-60, Oxford University Press, 1950.
「計算機械と知性」は、1950年、37歳のチューリングが、それまでの自己の研究が何を導くのか、その哲学的帰結を述べた論文である。この論文が数学や情報工学系の専門学会誌ではなく、イギリスで最も由緒ある哲学誌『マインド』に投稿された点に、いわゆる文系の広範囲の人々に「考える機械」の理解を求めようとしたチューリングの意気込みが感じられる。
本論文は、彼の生涯の絶頂期に書かれたという意味で、ノイマンのシカゴ講演やゲーデルのギブス講演に匹敵する重要な価値を持っている。チューリングは、「機械」と「知性」をどのように認識していたのだろうか。
3.フォン・ノイマン「数学者」
John von Neumann, “The Mathematician,” Collected Works of John von Neumann: Logic, Theory of Sets and Quantum Mechanics, edited by Abraham Taub, New York: Pergamon Press, 1961, Vol. 1, pp. 1-9, 1947.
「数学者」は、ノイマンが1946年にシカゴ大学で行った講演録である。日頃は最先端の研究者としか議論しなかったノイマンが、「数学」に対する彼の見解を一般聴衆にわかりやすく述べたという意味で珍しい講演録であり、彼の生前の著作をまとめた英語版『フォン・ノイマン著作集』第1巻の巻頭を飾る貴重な作品でもある。
その前年に終結したばかりの第2次大戦で多大な功績を挙げた43歳のフォン・ノイマンは、落ち着いたタッチで「数学」の過去を振り返り、当時の問題点を冷静に分析し、未来への警告を発している。彼は「数学」の本質をどのように認識していたのだろうか。
4.上記3つの論文・解題と生涯・思想のセット
さて、上記3つの論文に詳細な解題を加え、さらに彼らの生涯と思想の解説も含めた超贅沢な本(笑)が『ノイマン・ゲーデル・チューリング』である。お楽しみいただけたら幸い!
本書は、ノイマン・ゲーデル・チューリングの3つの章で構成される。各章の冒頭に、彼らの生涯で最も輝かしい時期に発表された講演あるいは論文の翻訳を掲載してある。3人の天才の代表的作品を同一翻訳者の手によって同時に掲載するという意味では、本書は他に類をみない試みと自負している。各章では、彼らの作品についての「解題」を加えて、彼らの「生涯と思想」も概観した。
改めて3人の文章を同時に眺めると、いろいろと気づかされることも多い。ノイマンの文体は、最も簡潔明瞭で、文学的にも洗練された印象を受ける。たとえば「何事も始まるとき、その様式は古典的です。それがバロック様式になってくると、危険信号が点灯されるのです」というような文章は、ノイマンのような教養がなければ表現できないだろう。一方、ゲーデルの文体は、正確性を重視するあまりに迂遠な表現が多く、容易には真意を掴みにくい。チューリングの文体は、二重否定や裏の裏を暗に示すような捻った言い回しが多く、皮肉と暗喩に満ちている。彼ら自身の活き活きとした言葉から、彼らの本質を把握していただければと思う。
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