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親切や思いやりを間違えると、禍の元になる―『呻吟語』の「争わない生き方」

忠告してダメなら、しばらく相手の様子をみること

「争わない生き方」をテーマにしたオンラインセミナー、今週11月8日開催です。無料で、入退出の制限もありません。関心を抱かれましたら、どうぞご参加ください。

先人の知恵に学ぶ、「争わない生き方」。
取り上げる中国古典は、『呻吟語(しんぎんご)』、『菜根譚(さいこんたん)』、そして『論語(ろんご)』、『老子(ろうし)』です。

テーマに沿って、セミナーのコンテンツに関することを書いています。前回に続き、『呻吟語』の「争わない生き方」の話です。

相手の過ちを咎めるときの言い方について、著者・呂新吾が具体的なアドバイスをしているので、そのことをみてましょう。

相手の過ちをとがめるときには、言いたいことを全部言ってしまわないで、控え目にしたほうがよい。
また、直線的に責めたてないで、婉曲な言い方をしたほうがよい。
さらに、露骨な言い方は避け、なにかのたとえでも引いて、それとなく指摘したほうがよい。
息子と、父親の関係でも、叱られれば、堪えきれなくなることがある。
まして他人同士の場合は、なおさらではないか。

このように述べたうえで、『論語』の一節を引用して、争いを避け、つきあいを長持ちさせる方法を、アドバイスしています。
その一節とは、弟子の子貢から忠告の仕方について問われた孔子が答えた、絶妙な内容です。

孔子も、「相手が過ちを犯したときは、誠意をもって忠告するがよい。それでだめなら、しばらく様子をみる」と語っている。
この教えを守れば、つき合いを長持ちさせることができるばかりでなく、自分を大きくするうえでも役立つであろう。

読み下し文です。

人(ひと)を責(せ)むるには、含蓄(がんちく)せんことを要(よう)し、太(はなは)だ尽(つ)くすことを忌(い)む。委婉(いえん)ならんことを要(よう)し、太(はなは)だ直(ちょく)なることを忌(い)む。疑似(ぎじ)ならんことを要(よう)し、太(はなは)だ真(しん)なることを忌(い)む。
今(いま)、子弟(してい)、父兄(ふけい)の責(せ)めを受(う)くるや、なお堪(た)えざる所(ところ)あり。而(しか)るを況(いわん)んや他人(たにん)をや。
 孔子(こうし)曰(いわ)く、「忠告(ちゅうこく)してこれを善道(ぜんどう)し、不可(ふか)なれば則(すなわ)ち止(や)む」。
この語(ご)はただ交(まじ)わりを全(まった)くするのみならず、また気(き)を養(やしな)うべし。 

『呻吟語』呂新吾著 守屋洋編・訳

親切や思いやりは、使い方を誤ると禍のタネとなる

さて。
争いを避ける最良の方法が、親切や思いやりをもって相手に接することでしょう。
しかし、それは万能ではない、使い方を間違えてはいけない、という警句です。

人参(にんじん)、茯苓(ぶくりょう)、当帰(とうき)、黄茋(おうき)などの薬草は、もともと人間の体に有益なものである。
しかし、処方を誤ると、かえって病気を重くしてしまう。
親切や思いやりは、もともと人間を愛する心から出てくるものである。
しかし、適用を誤ると、かえって禍のタネとなる。
人の上に立つ人は、そのことにくれぐれも気をつけなければならない。

相手に愛情をもって接することが、「人と争わない生き方」を貫く大原則ですが、やはりそこには、厳しさと優しさを併せ持つことを忘れてはならない。
明王朝の官僚世界、熾烈な権力闘争の真っただ中に身を置いてきた呂新吾らしい、人生の裏表の両方をみながら生き抜いてきた人らしい、深い考察です。

読み下し文です。

參苓(しんれい)帰茋(きき)は、もと人(ひと)を益(えき)するなり。
而(しか)れども身(み)と当(あ)たるなければ、反(かえ)って以(も)って病(やまい)を益(ま)す。
親厚(しんこう)懇切(こんせつ)は、もと人(ひと)を愛(あい)するなり。
而(しか)れども人(ひと)と当(あ)たるなければ、反(かえ)って以(も)って禍(わざわい)を速(まね)く。
故(ゆえ)に君子(くんし)はこれを慎(つつし)む。

『呻吟語』呂新吾著 守屋洋編・訳

『菜根譚』と『呻吟語』、それぞれの「争わない生き方」

ここまで、『菜根譚』洪自誠と『呻吟語』呂新吾、それぞれの「争わない生き方」をみてきました。
中国・明の時代、ほぼ同時期に世に送りだされた処世訓の名著。自らの人生経験をもとにした「生きるヒント」集である両書が、提示している「争わない」ための対処法や考え方。それぞれ者の人生観やよって立つ価値観に違いはありますが、ともに官僚だったという境遇が関係しているのか、論理的に考察しているところや人間関係の機微についての指摘は、共通するところが多いのではないでしょうか。


 次回は『菜根譚』『呻吟語』が説く「争わない生き方」のベースに、『論語』、つまり孔子が理想とする人生観、人間観を、ざっとみていきます。
 その後に、駆け足になってしまいますが、『老子』が説く「争わない生き方」に触れて、終わりとします。『老子』は難解なこともあり、理解不十分な内容となるかもしれません。ご了承ください。


これまでの投稿です。


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