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古典リメイク『レッド・レンズマン』20章-4

20章-4 クリス

 アンドロメダ遠征艦隊が出発する朝、わたしとキムは、惑星バージリアの最高基地で結婚式を挙げた。

 わたしは妊娠中だったので、白いドレスはお腹を締めつけない、ゆったりしたものだった。キムは独立レンズマンのグレー・スーツを着て、見惚れるような男ぶり。

 ヘインズ司令とホーヘンドルフ校長、軍医総監のレーシー先生の立ち会いの元、誓いの言葉を述べ、指輪の交換をすると、簡単な式は終わりだった。わたしたちは沿道の人々の歓呼に迎えられ、道路を埋めるほどの花吹雪を浴びながらオープンカーで宙港へ向かい、待っていた小型艇に乗り込む。

 この様子は一部始終、銀河系中に放送されていた。何しろ、レンズマン同士の結婚というのは、人類の歴史上、初めてのことだから。

 艇は上空のドーントレス号へわたしたちを運び、キムは天の川銀河の全種族に向かって、艦隊の出発を宣言した。

 アンドロメダ銀河を、ボスコーンの支配から解放するための戦いを開始すると。

 銀河パトロール隊の戦力の、ほぼ四分の一が、この艦隊に注ぎ込まれている。史上最強の艦隊は、惑星バージリアのある星系を離れ、アンドロメダへ向けて無慣性推進に入った。

 ***

 旅を続けてアンドロメダ銀河に入ると、まずは、防衛線を敷いて待ち構えていたボスコーン艦隊と衝突した。そして、撃破した。敵の勢力は、思ったほど多くはないらしい。

 それから、知的種族の住む星系を探し、一つずつ、こちらに引き入れていった。幸いなことに、既にボスコーンに抵抗している種族もあり、ボスコーンの支配にうんざりしている種族もあった。

 ボスコーンの支配に慣れ、その現状を疑わなかった種族も、銀河パトロール隊の理念を知ると、続々、こちらに寝返ってきた。

 多くの種族は、その本能として、魂の自由や、対等な友愛を求めているのだ。上位種族に脅され、支配されることは、ほとんどの種族にとって、不愉快なことだった。

《あなた方の銀河系では、ボスコーンを駆逐したのか!!》

《そんなことが可能だとは、思わなかった!!》

《戦うのなら、我々も参加したい!!》

《もう、あいつらに怯える暮らしはたくさんだ!!》

 自分にレンズがあってよかったと、心の底から思うようになった。肉体が異なり、言語が異なっても、レンズがあれば、異種族と意志の疎通ができるのだから。他のレンズマンに頼ることなく、自分でじかに異種族と交渉できるとは、何と素晴らしいことか!!

(メンター、レンズなんかたいしたことないと思ってしまって、ごめんなさい!!)

 キムの副官として、わたしは多くの種族と心の接触をし、銀河パトロール隊の理想を説き、友人を増やしていった。多くのレンズマンが、そうして多くの種族を味方に引き入れていく。

《我々は、資源惑星を提供できる》

《我々は、戦艦のパイロットを提供しよう》

《我々の技術なら、きみたちの船に改良を加えられる》

 彼らの協力の元、やがて、アイヒ族の故郷である星系が発見できた。それなりの防備はされていたし、抵抗はあったけれど、難攻不落というほどでもなかった。アイヒ族は既に、ボスコーンの上級種族から見放されていたのかもしれない。

 戦闘の終盤、こちらの発生させた超空間チューブが、アイヒ族の母星ジャーヌボンの近傍に出口を開いた。そしてわたしたちは、正反対の運動量を持つ惑星を二つ、ジャーヌボンの両側から送り込んだ。

 アイヒ族の母星は、二つの惑星に衝突され、粉砕された。融解して飛び散った残骸は、やがて一つにまとまり、新たな惑星になるだろう。

 母星から離れているアイヒ族も多いだろうが、少なくとも、彼らの最大拠点は消滅させたのだ。

 それからは、アイヒ族の残党や、その配下の種族を掃討していった。そうして、わずか三年で、わたしたちは、アンドロメダ銀河をパトロール隊の管理下に置くことができたのだった。

 ***

 リックが死んでから、十数年。
 
 キムはアンドロメダ銀河の『銀河調整官』として、多くの種族をまとめる職務をこなしている。わたしは補佐官として、傍にいる。私生活においては、妻として。また、子供たちの母として。

 アイヒ族やデルゴン貴族の残党などを捜索したり、もっと他のボスコーン上級種族を探したり、局地的な事件に対応したりしているけれど、相対的には平和だった。

 毎年、新たなレンズマンが誕生し、天の川銀河と、アンドロメダ銀河の双方に散っている。いずれは他の銀河にも銀河パトロール隊を送り出し、参加してくれる種族を増やす予定だけれど、いま現在は、この二つの銀河でほぼ手一杯。

 銀河調整官のオフィスがある、惑星クロヴィアの最高基地には、わたしたちの家もあった……オフィスと同じ建物に、わたしたち一家専用の区画を持ち、そこで暮らしているのだ。

 子供たちは、五人生まれた。長男のクリストファー、通称キット。双子のキャスリンとカレン。その下もまた、双子のカミラとコンスタンス。

 子供たちは聡明で、活発だった。キムと二人して、仕事をしながら子育てをしてきたけれど、早くから、普通よりずっと強靭で早熟なことはわかっていた。

 でもまさか、ここまで早熟だなんて。

 子供たちの遊び部屋――好きなことが何でもできるよう、体育館のように広く作った部屋の一部で、五人は何かくすくす、笑いあっている。彼らは相互に心が読めるので、言葉に出してしゃべるよう指導しなければ、他の一般人とは交流が難しかっただろう。

「見て見て、ほら!!」

 キャスリンが自慢げに腕を伸ばすと、そこに白い輝きが現れた。あれは……あれは……レンズではないの!?

「そんなの、わたしだってできる!!」

「ぼくだって、できるさ」

 みるまに、他の四人の腕にもそれぞれのレンズが出現し、まばゆく輝いた。まるで、地上に出現した太陽のようだ。わたしやキムのレンズより、はるかに強く、多彩な光を放っている。

 子供たちはそれで満足したらしく、すぐにレンズを消してしまい、それぞれの遊びや勉強に戻っていく。化学の実験をしたり、天井から下がったロープに飛びついたり、関節技の稽古をしたり、遠くにいるグレー・レンズマンの誰かと交信したり。

 子供たちにはそれぞれ、レンズマンの師匠が付いているのだ。ウォーゼルやナドレック、トレゴンシー。あるいは、アリシアのメンターその人が。

 わたしはそっと戸口を離れたけれど、向こうから、急ぎ足にキムがやってきた。わたしの動揺を感知したのだろう。

「キム」

 わたしは差し出された腕にすがり、夫の胸にもたれ、涙ぐんでしまった。いくら何でも……遊びで、レンズを出現させられるなんて!!

「あの子たち――あの子たち――もう人間じゃないわ!!」

 キムは慰め方に困ったようだ。

「あの子たちが特別だってことは、もう、わかっていたじゃないか?」

 高い所から落ちても、互いに取っ組み合いの喧嘩をしても、大きな怪我はしたことのない子供たちだった。あまりにも頑丈で、病気知らずで、怖いもの知らずなのだ。

 子供たちがベビーベッドから離れるまでは、専属のシェフもナニーも頼んでいたけれど、彼らが室内を自由に動き回るようになると……危険すぎて、他人を家庭内に入れることができなくなっていた。子供たちが走ってきて飛びついたら、ナニーは転倒し、骨折してしまうだろう!! シェフは、おやつをせがまれて揺さぶられたら、脳震盪を起こしてしまうだろう!!

 体長9メートルのドラゴン型種族――頑丈なウォーゼルでさえ、子供たちが彼の尻尾に取りついて結び目を作ろうとした時は、空へ舞い上がって避難するしかなかったのだ。

 だから、子供たちがもう少し成長し、他人に怪我を負わせる心配がなくなるまで、わたしが補佐官の仕事を大幅に減らし、家庭内で面倒を見るしかないのだった。わたしかキムならば、子供たちが危険な真似をしようとした時は、レンズを通して厳しく制止することができる……まあ大抵は。

 幸いにも、アンドロメダ銀河の治安はかなり良好なので、銀河調整官オフィスの仕事は、キムと部下のレンズマンたちで足りているのだが……

「それにしても、あそこまで……あそこまでなんて、思ってなかったわよ!!」

 あの子たちにとっては、レンズなど、もはや玩具でしかない。

 わたしはそれからようやく、惑星アリシアでの出来事を思い出した。

「メンターが……わたしに言ったわ。あの子たちは、わたしたちが到達した場所から始めるって……それは、こういうことだったのね」

 ほんの数年前までは、可愛い赤ちゃんだったのに。目を離すと、はるか離れた場所まで這っている赤ん坊だったとしても。いつの間にか、あらゆる知識を身につけている天才児だったとしても。

「あれじゃ、あの子たち、誰一人、結婚できないわ。伴侶になれるような相手が、人類社会のどこにもいないのよ!!」

「ああ、そうか……」

 キムはようやく、わたしの心配を理解したらしい。何かあった時、こうして抱いて慰めてくれる男性がいないなんて……娘たちの人生は、寂しすぎる。

 キットだって、キットに釣り合う娘さんが、世界にたった一人でも、いるかどうか。たとえ大勢の女性に憧れられても、たった一人の伴侶が持てなかったら……孤独だわ。

「でも、ほら、ぼくだって、きみより年下じゃないか。これから、あの子たちの伴侶になるような相手が生まれるかもしれないよ」

 あの子たちは、普通の人間よりはるかに長命に違いないとキムは言う。だから、先を悲観しなくてもいいと。

 そうだとしても……惑星アリシアで、メンターが(融合体だとしても)一人きりだったように、あの子たちは、途方もなく孤独で過酷な人生を歩むのではないだろうか。それこそ、一つの宇宙の運命を一人で背負うような。

 キムは考えながら言う。

「メンターは、四人のアリシア人の融合体だった。あの子たちも、五人で一つの融合体になるのかもしれないな」

 恐ろしい予感に打たれ、わたしは顔を上げた。

「まさか、あの子たち、あの子たちが生まれたのは……」

 真のボスコーンと戦うため。

 そうだ。そうでなければ、あれほどの能力が必要とされるわけがない。ならば、最終決戦は、そう遠いことではないのだろう。

「エッドール……」

 人類にはまだ、理解すらできない超種族。けれど、わたしとキムの子供たちは、いわばレンズの申し子だ。彼らなら、やがてアリシア人を超え、エッドール人を滅ぼせるのか。

 そうか。そうだったのか。

 ようやくわかった。レンズマンが表の戦いを引き受ける裏で、女たちはひっそりと着実に血を伝え、この子たちが誕生するまで、人類を存続させてくれたのだ。

 いえ、それ以前から……地球上で多くの生命が進化を続けている間、アリシア人は密かに介入を繰り返して、将来、後継者になりうる知的種族が誕生するように計らっていたのではないか。

 二十億年前、アリシア人が初めてエッドール人と接触してから……長い長い、彼らの計画が、ついに最終段階を迎えようとしている。

 キムのたくましい胸にすがり、眩暈がするような思いに耐えた。わたしの子供たちが……この宇宙の新たな守護者になる。わたしもキムも、そのために生かされ、守られてきたのだ。

 わたしとキムの世代までは、優秀であっても、まだ人間だった。けれど、長い年月をかけて育成された双方の家系の遺伝子が融合した時、ついに誕生したのだ。アリシア人を超える、新たな種が。

 それが、アリシア人の真の目的。

 レンズなど、それまでの時間稼ぎ、目くらましに過ぎないのだ。

「……わたし、自分が保護者だと思っていたけれど、何かあったらもう、あの子たちに守ってもらうことになるのね……」

「大丈夫。あの子たちは、ママが大好きさ。頼っていいんだよ」

 キムが朗らかに笑うので、目尻に涙を溜めたまま、わたしも笑った。笑うしかない。

「子供たちは、パパのことも、大好きよ……ファザコン娘ばかりだと、先が心配だわ」

「キットもマザコンだろうが、ぼくもそうだったから、問題ないよ」

 わたしとキムは、互いの躰に腕を回し、子供部屋に入っていった。キムが高らかに呼びかける。

「さあ、おやつの時間にするぞ!! パパの特製パフェが食べたい者は、集合すること!!」

 すると子供たちは、転がるようにして駆け集まってきた。勢いあまって、互いに衝突するほど。

「ちょっと、気をつけなさいよ!!」

「何よ、お姉ちゃんがもたもたしてるからよ!!」

「あんたたち、すっかり生意気になったわね!!」

「そりゃそうよ!!」

「先に生まれたからって、偉くなんてないんですからね!!」

 女の子が四人いると、おしゃべり力は驚異的だった。すると長男のキットが、頭をそびやかして妹たちを叱る。

「おまえたち、ちょっとは静かにできないのか!!」

 妹たちが四人揃って兄に反撃するのは、いつもの光景だ。

「キットお兄ちゃんて、なんで、そんなに威張りんぼなの!!」

 息の揃った四重奏。キムが苦笑を隠し、おおらかに諭す。

「おまえたち、パフェは逃げないんだから、急がなくてもいい。さあ、食堂に向かって出発進行!!」

 そして一家は、明るい中庭に面した食堂に向かい、ぞろぞろと歩いていった。

  『レッド・レンズマン』完

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