もう一度握って(上)
私は今、学生あるあるの言葉から解放された。それは部活だ。
桜と新しい制服のスカートが綺麗に舞う中、今年から私立の総武学園高校に入学した。私は高校生になったのだ。高校生になったらいろいろなことがしたかった。
いろいろといってもただ思いっきり遊びたかっただけだ。
この高校を選んだのは特に理由はなく、大学進学率が良いのと、中学の成績が良かったので面接で一発合格、というわけだ。
もちろん面接のときはうまくごまかしたけど。
とにかく、この先は気楽な高校生活が過ごせそうだ。
〇
入学式が終わり、私は3組らしく教室へと入った。まだ誰も知らない人ばかり。早めに友達作ろうという心躍る気持ちで自分の席へと座った。しばらくして担任の先生らしき人が入ってきた。
「まずは自己紹介しますね。私はこの3組担任の宇津木琴音といいます」
まだ若い先生だ。大人の女性といった雰囲気がある半面、話し方からまだ学生な雰囲気もある。
(いるよな、こういう先生って)
先生が話し始めたが、私はあまり興味なさそうに聞き流した。だが、
「ちなみに剣道部の顧問をやっています」
(げっ………)
二度と聞きたくない言葉を聞いてしまった。
(まじかよー)
思い出したくない中学時代の剣道部のことを思い出した。私は幼少のころから剣道をやっており、当時ほぼ毎日のように町道場に通っていた。しかし、意外と好きでやっていたので小学生ぐらいまでは楽しかった。
だが、それも中学時代で一変した。監督が鬼のように怖く、とにかく勝つ剣道を求められたので、試合で勝てないと怒られた。
正直泣きそうなときもよくあった。なにより友達もあまり良い友達がいなかった。
「きついなら辞めたらいいじゃん」
「簡単に負けないでよ。チーム負けたらまた雰囲気悪くなるんだからさ」
「少しくらい上手だからって気取ってんなよ」
私にとって剣道部は最悪の場所だった。でも意地で3年間やり通した。中学3年の時は全国中学生剣道大会(全中)で個人戦ベスト8まで勝ち上がった。でも結局負けたので怒られた。このときほど辛いことはなかった。全中ベスト8はなかなかできるものではない。
とまぁ、こんな苦痛な中学3年間を剣道と共に過ごしてきた。高校ではもう二度と剣道はやらないと決めていたが、担任が剣道部の顧問じゃそう簡単には剣道と縁が切れないようだ。
〇
高校生になってから3日目、さっそく剣道関係の事件が起きた。
「雪代響子さん?石館中学の?」
私に声をかけてきたのは見知らぬ子だった。
「……そうだけど、誰?」
高校生になってクラスメイトと初めて話をした。
「わたし、月島光っていうの、雪代さんって去年剣道で全中に行ったでしょ!」
「……まぁ」
「すごい!じゃあ高校は一緒に剣道できるんだ!わたしはもう剣道部に入部したよ」
どうやら彼女は私が剣道部に入部すると決め込んでいるようだ。
「雪代さんってこの辺じゃ剣道やっている中学生はみんな知っているよ!」
たしかに全中ベスト8の噂は他の中学にも広まっていたらしい。
「いつから部活に来るの?私は今日から行くよ!」
いやに嬉しそうな顔をしている。
「なんか勘違いしてない?私はもう二度と剣道はやらないよ」
「えっ?なんで?もったいない」
「……別に。もうやりたくないし」
そう言って気まずくなり私は席を立った。
中巻へ
※2006~2007年頃に書いた作品を一部改訂しました。