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憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の五十三

※其の五十二からの続きです。気軽にお付き合いください。



 久しぶりの試合だ。心臓の鼓動が大きく聞こえる。小学生の時、初めて試合をしたみたいな感覚に陥る。しかも、相手は元チームメイト。意識しないはずがない。

(……中山やかやま

相手の目を見てコートへと入る。中山こいつは当時から力を欲していた。そして、その力の使い方は大いに間違っていた。剣道は喧嘩や暴力ではない。いじめや嫌がらせに使って良い力ではないのだ。キャプテンとして何度も注意した。後輩や同級生をつるし上げ、最後は泣き寝入りさせる元チームメイトこいつらはやっぱり許せない。いつの間にか蹲踞の体制になっていた。

「始め!」

審判の号令で立ち上がる。途端、中山の小手面の二段打ち。ガシッと鍔迫り合いになる中山こいつの目は怒りや憎しみに満ちている。藤咲ふじさき八神やがみのような純粋で熱く向かってくる目じゃない。

「イヤァァーーー!!!」

わざとらしく面金越しに気合を入れるその姿に、思わず私も熱くなる。

「キェェーーー!!!」

反則ギリギリの鍔迫り合いで私のバランスを崩そうとするが、普段から総武学園そうぶがくえんで鍛えている私はもろともせず、逆に力を利用して中山のバランスを崩す。

バシン! 「メェェーーン!!!」

引き面を放ち、すかさず残心を取りながら距離を取る。タイミングは合っていたので早くも1本先取したかと思ったが、白旗(私)は1本だけ。

(浅いか……)

すぐに正眼に構えを戻して、体のバランスを整える。急激に間合いを詰めてくる中山の動きは早いこそあれ、隙は多い。

「ツキィーー」

相手のメチャクチャな突きの一打は空を切り、思いっきりバランスを崩す。当然、隙だらけだが、かえって隙が多く打ち込みが遅れる。機を逸してしまった。

(もったいない。あとで藤咲ふじさきに怒られるな)

などと考えるほど余裕がある。次から次へと技を仕掛けてくるが、まるで中学生の時から進歩していない姿勢に、憎いながらも哀れみの思いも強くなる。

(怒りや憎しみで剣道ができるか!)

負けじと私も反撃するが、誘いに乗って早打ちはしない。八神と対戦している時に感覚は近い。息を切らす中山。

(そろそろバテるな)

間合いを詰めて、ここで決めようと腹に力を入れる。技は何でも良い。直感に頼る。だが、一足一刀の間合いに入った時、先に中山の面が来る。

(!!!!!)

危険を察知して体全身を使い、竹刀で防御した。

(なんだ!?!?)

一瞬ヒヤリとしたのもつかの間、中山が早打ちを止めて、ジリジリと詰めてくる。

(この感覚……)

先ほど藤咲と話していたように、真っすぐ堅実に伸びのある打ち。ひかり琴音ことね先生とそっくりだ。

金藤こんどう先生の教えか)

息切れを起こしているが、中山の目つきが変わる。試合に集中しだした。

(舐めてたらやられる!!)

今以上に気合を出して、間合いを詰める。

(眉間、胸、喉)

再び一足一刀の間合いに入る。

(1、2の……)

相手の動きがピタリと止まって見えるほど、感覚は研ぎ澄まされて、中山が動いた瞬間。

(サン!!!)

体全身がバネのように寸分の狂いなく、剣先が相手の突き垂れに命中する。

「ツキィィィーーー!!!」

「ゴハッ!!!」と唾液が漏れてそのまま中山は吹っ飛ぶ。右手でも押し込み、渾身の諸手突き技は文句なしに決まる。

「「「オォォォーーー!!!」

と周りの歓声がやけに耳に届いた。むせ込む中山に、主審が無事を確認する。感覚が手に残る。技を打つのではなく、体全身で弾き飛ばす突き技に、脳が強く応える。

「2本目!」

主審の号令で2本目が始まる。まだ私の脳は言う。打つな、突け、と。喉にダメージが残ったか、中山は最初の勢いや気合が霞み、動くのもやっとという状態。一足一刀の間合いに入ると、体が瞬時に反応する。止まったような竹刀の動きを軽く受け流し、鍔迫り合いでは体幹で負けじと相手のバランスを崩す。そして、棒立ちになったところを。

「ツキィィィーーー!!!」

今度は左手のみの片手突き技。剣先はまともに突き垂れを命中。竹刀は弧を描き、首さえも吹っ飛ばす勢いで、中山の面が吹っ飛んだ。これには周りも驚きを通り越して、相手を心配する声が上がる。興奮冷めやらぬ状態に「雪代響子ゆきしろきょうこ恐るべし」との先生方の声が聞こえた。竹刀を収められる状態ではなく、私1人で蹲踞をして礼をする。突き技2本で私の勝ち。

(思い出した)

中学時代の感覚。いや、あの時以上に脳が、手が、足が、体全体が研ぎ澄まされ、相手を圧倒するあの感覚。先生方が試合の検証中に私は仲間の元へと戻る。シュルシュルと面を外して、手ぬぐいを面の中へと入れる。そして立ち上がる。ふと宗介そうすけと目が合う。

「あっ……。す、すげぇ、、な。雪代……」

いつものように反応できない。体がまだ試合状態から解放されていないからだ。しかし、後ろからガバッと抱きつかれて、ふと地に足がつく。

「凄い! 凄い!! 雪代さん!!!」

ひかりが満面の笑みでユラユラと私の体を揺らす。

「……ひかり?」

横からも肩を寄せるように抱かれた。

「流石だ! 雪代響子!! それでこそ私が倒そうとした最強の女だ!!!」

藤咲が見たこともない笑顔で私を抱き寄せる。

「なんだよ、藤咲まで……」

試合の感覚から戻った私は、急に恥ずかしい気持ちになっていた。


                 続く


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