憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の四十六
※其の四十五からの続きです。気軽にお付き合いください。
バス停へと向かい乗車する。この時間は比較的空いているので座れる。今は7月。暑いので、クーラーの効いているバスは快適だ。
「若葉を覚えているか」
私の隣に藤咲が座り、開口一番質問してきた。
「若葉? さぁ、どんな人? 剣道絡み?」
思い出せないので聞き返す。
「私とお前が剣道以外で絡みある人間などいないだろう。思い出せ! 小学生時代の話だ」
小学生まで遡らないとなると、なお思い出せない。
「私は小学6年で全国2位になったが、それまでは雪代ではなく、若葉に全く歯が立たなかった。小学6年の都大会決勝で初めて勝った。1本勝ちだったがな。だが、後にも先にも勝てたのは、その1試合だけだ」
記憶を辿るが、藤咲の話なので糸が繋がらない。
「中学で超えてやろうと思っていたが、途端に若葉はいなくなった。奴には毎回負けていたから、勝ち逃げされた気分だ」
珍しく多弁になるのと、藤咲が人のことを気にしているので、なんとなく聞き入る。
「私が小6から中3までで記憶している限り、その後、負けた相手はほとんどが雪代と、中3の都大会団体戦の大将戦。桜宮の姉、左京。それから、若葉だ」
まぁ、たしかに。中学で藤咲を負かせていたのは、私しかいないはず。大会ではいつも決勝か、準決勝ぐらいで当り、そして私が勝つ。組み合わせによっては決勝が八神か左京のどちらかだった。
「悪いけど、やっぱりその若葉ってのは思い出せない」
話しに痺れを切らせたか宗介が話しかけてくる。
「だからなんなんだよ! どうしてそれが今日、俺たちが防具を持ってきたり、琴音先生も絡んでくるんだ?」
藤咲がいつもの調子で宗介を睨み、「話は途中だ」と一喝する。
「……本当、人の話を聞かねぇ女だぜ」
宗介は半分飽きて、背もたれに寄っかかる。
「雪代も何度か負けているはずだ。若葉水菜にな」
水菜と聞いてピン!と来る。どうやら光も思い出したようだ。
「あー! 思い出したよ! いたねぇ! 小学生の時にメチャ強い子! 周りの子たちはみんな、水菜水菜って呼んでたから思い出せなかった!」
そうだそうだ。いたいた。小っちゃかったけど、すばしっこくて私も何度か負けた記憶が蘇る。
「そういえば藤咲、結構な確率で水菜と試合で当たっていたな」
ようやく話の共有ができたので、藤咲が話しを進める。
「どうやら、中学は九州の方へ親の都合で転校したらしい。が、高校は東京へと戻ってきているようだ」
ははーん。なんとなく話はわかってきた。
「で? 今からそいつに会いに行って、再戦でも申し込むの? なら、別に1人で行けばいいじゃない。それともなに? まさか藤咲が自信なくて、助っ人で私や光や宗介に加勢でもしろって?」
「馬鹿者!!!」と一喝される。あんまりバスに人が乗ってなくてよかった。結構、怒らせてしまった。
「そんなわけないだろうっ! 若葉に会いに行くのは正解だが、今日は若葉のいる高校で、先生方中心の『審判講習会』があるのだ。琴音先生が話しているのをたまたま横で聞いていたら、数名なら連れてきても良いと仰って下さった。これ以上の好都合はないだろう!」
なるほど。それで、その数名から私たちを選んだということか。
「なんだよ! じゃあ、防具を持ってこいって意味は、審判講習会の付き合いかよ!」
宗介が面白くなさそうに言い放つ。
「当然だ! 実際の高校生が動き、打突したのを検証したり、実践の目を養うのは大人だって同じだ! 私1人で試合ができるか! まぁ、相手高校数名も参加するそうだが……」
最後は藤咲らしからぬ、小さな声で言う。
「そっか! そこで水菜さんと再戦できれば儲けもの! って考えもあるんでしょ! 藤咲さん!」
「まぁ、そんなところだ」と話を締めくくる。
「なによ、もぅ。なら、別に私たちじゃなくても良いじゃない。2年生の先輩にでも声かければ、青木先輩や渡部先輩なら付き合ってくれるでしょうに……」
これには、「個人の私用に先輩を巻き込めるか」と言われてしまった。やっぱり、根本的には真面目なんだよな、藤咲って。
「ったく! 俺は男だから、女子の試合事情なんか疎いっつーのに」
宗介はまだ面白くなさそうに言うと。
「嫌なら降りて帰れ! 別に雪代と月島がいれば十分だ! 宗介などオマケだ。強くなりたいなどと抜かして、いつまでも私たち3人から1本も取れないようじゃ、所詮口だけ男としか誰も思わん」
「このやろう!」といつもの雰囲気になるのだが、そこは光が上手く止める。
「いいじゃん! 宗君! 審判の勉強にもなるし! せっかく藤咲さんが誘ってくれたんだし、ね!」
快心の笑顔で宗介の気を静める。
「わかったよ……」
最後は大人しく、光に従う宗介。
「もう次だ! 降りる準備をしろ」
バスに乗って数十分。あまりにも早い到着に私たちは驚く。
「え! もう? こんな近くで審判講習会があるの?」
ブザーが鳴って藤咲が降りていく。慌てて防具を担いで、私たちも降りる。そして、歩いて数分。
「え!? ここって!!!」
校門前に『都立石館高校』の看板が堂々掲げられ、私は咄嗟に嫌な予感がした。
続く