憧れの一閃 七剣士物語 ~私たち高校1年生~ 其の四十九
※其の四十八からの続きです。気軽にお付き合いください。
石館高校は都立とは言え、立派な柔剣道場、そして更衣室も綺麗だった。
「……大丈夫? 雪代さん?」
「平気」と答えるも心中穏やかではない。気持ちが高ぶっている。更衣室まで案内はされたものの、元チームメイトの態度や身なりには藤咲も物申したいらしく。
「あんな奴らが雪代の元チームメイトだったとはな。なんであいつらは剣道なんかやっているんだ? どう考えてもアウトローなギャル系ではないか」
昔からそうだ。石館中学剣道部に入部した時は部員もたくさんいた。1ヵ月、2ヶ月と過ぎて、早々に辞めるような連中だと思っていたが、生き方や世渡りが上手いのか、あいつらは部に居残った。そのうち練習がない日は、だんだんと悪い先輩とも付き合いだして、終いには陰で陰湿な嫌がらせやイジメもしていた。真面目な部員だった者は早々に退部して、次の部活なり、帰宅部に転身した。
「まさか、雪代。あいつらの言っていたように、お前自身が何か加担したりなどしてないだろうな」
藤咲が鋭く突っ込むも、当時は思春期真っただ中の中学生。自分を守るために嫌な嘘をついたのは一度や二度ではない。それにて大事だったチームメイトや友達も失くし、クラスでも1人浮いたような存在だった。
「……私は。お前みたいに強くないんだよ。藤咲」
沈んだ声を出して悟られたか、これ以上は何も言われなかった。
「……でも、わかるよね。女子って男の子と違って、この時期は生きづらいし、自分を守ると言うのもわかるよ」
「光でもそういうことあるの?」と、初めて深い言葉を彼女に向ける。
「……あるよ」
小さな声で光は答えてくれた。15~6歳の私たちは、まだまだ知らないことばかりだ。人間関係で苦しむのは当然かもしれない。
「でもさ! 剣道やってたら、スカッとするよ!」
光がいつもの調子に戻る。
「藤咲さんだって、そうでしょ?」
「……まぁな」などと、珍しく藤咲とも話がかみ合う。こんな会話に少しだけ私の気持ちは軽くなる。着替えている最中、水菜が入ってきた。
「準備、できました?」
着替えて道場へ案内される少しの時間に、藤咲が今の話を水菜に言う。
「よくあんな連中の元でマネージャーなんかできるな。剣道に絡みたいなら、何も学校の部活だけでもないだろう」
「うん」と小さく水菜は頷く。どうやら水菜は中学生の時に心臓病を発症したらしい。それで剣道が出来なくなった。藤咲はそんな彼女を心配してか、今回彼女に会いに来たとのことだ。
「……でも、本音は悪い子じゃないのかもしれない。あの子たち。ちょっと劣悪環境で中学時代は過ごしたようだから、それで性格が曲がっているだけかも」
そんなことはないと批判したいが、水菜のどことなく溢れ出る優しさオーラは光とはまた違う。本当にそうなのかと信じてしまう説得力がある。
「そうじゃないと、高校でも剣道はやらないと思うよ。今は顧問の金藤先生の前じゃ、みんな小さくなるし」
思い出したかのように「クススッ」と水菜は笑う。
「みずみずー。そんな奴ら相手しなくていいってー」
「早く手伝ってよ!」
「センセーたちに配る資料のホチキス止め、忘れてんじゃん!」
「ごめんごめん」と駆け足で去って行く。その会話に水菜は溶け込んでいるようにも見える。
「あなたたちも軽く準備運動はしておきなさいね。後で試合形式での審判実習会もあるんだから」
琴音先生とも合流して、私たち4人はいつも通りに準備運動をする。
「宇津木先生ー」
準備運動の傍ら、石館高校の顧問の先生が挨拶に来た。名札には「金藤」と書いてある。親しく会話するので、光が余計な知恵を働かす。
「やけに親しいね。琴音先生はどこに行っても知り合いがいて、男の先生にはモテモテだからね」
コソコソと私に耳打ちしてくると、聞かれたようで「コンッ」と胴に竹刀の柄頭を当てられる。
「金藤先生は私の大学の先輩なの! 月島は余計な知恵を働かせない!」
怒られても「えへへ」と流す光はいつも通りだ。開始の時刻になり、審判講習会が始まった。講師は都内でも有名な先生方が務め、各高校の顧問の先生や監督、若いコーチらしき人も参加している。人数も30名はいるだろうか。竹刀で身振り手振りの本格的な講習会は、私たちも後ろの方で首を長くしながら、少しでも聞こえるよう集中する。
「では、ここで一旦休憩に入ります。この後は高校生たちが試合をしてくれるので、今のことを踏まえて審判の実践をしてみます」
どうやら出番のようだが、段取りがわからない。石館高校の男子2人が面をつけてアップを始める。先に試合をするようだ。
「雪代、私の相手をしろ。いつも以上に全力でかかってこい! お偉い先生方にアピールする絶好の機会だ」
藤咲が待ってましたと言わんばかりに私の隣へと正座して準備する。
「じゃあ、私は…。宗くん、私と試合する?」
光は宗介に促すが、宗介はあまり乗り気でないようだ。
「ちょっと~待ちなよ。総武学園のみなさん~」
絡みたくもない元チームメイトが近づいてくる。
「ウチらの剣道部さ~」
「あったしらと」
「いま試合してる男子2人しかいないんだよね~」
タチの悪いチンピラみたいな絡み方だ。
「毎日毎日同じ相手だからさぁ」
「つまんないんだよねー」
何かを考え、そのニタニタするその言動と態度に私と藤咲はイライラする。
「……だから、何?」
怒気を込めて私は言う。
「お~コワッ! 無敵の剣士様の圧ぱねー」
「みんなこれで怖がって辞めてったからね~」
「ウチら以外、みーんな☆」
最後に相模原がまとめて言う。
「だ~か~ら~。久しぶりにあったしらの相手してくださいよぉ? 無敵の剣士雪代響子さん?」
続く