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「日台重籍」者の国籍選択

「日台重籍」者の国籍選択について「知られた話」の裏側にある、恐らく一般にはほとんど知られていない、もう一つの話を紹介します。そして制度の全体像について考えてみます。

まずは、4年前の「あの」話から

 2016年秋に、蓮舫議員の「重国籍問題」が取り沙汰されました。蓮舫さんは当時、日本国籍の他に、台湾当局にも「籍」を残していたことが明らかになりましたが、これが日本と台湾の「重国籍」状態であり、日本の「国籍法上」の「選択義務違反だ」などとマスコミ報道等で指摘されたわけです。
 蓮舫さんご本人はその後早々に、台湾当局に籍の離脱手続きをとり、「台湾当局の国籍離脱証明」を添付して日本側に「外国国籍喪失届」を出しました。しかし、日本の役所側では、「台湾当局の国籍離脱証明」を添付した届を受理しませんでした。その後「日本国籍の選択届」を提出してこちらは受理されたといいます。あの騒動から、既に4年が経ちますが、いまだにネット上では、彼女に向けた国籍問題での中傷の書き込みが後を絶ちません。

 蓮舫さんご自身が、あの場面で、「台湾籍の離脱」という手続きをしたことは個人の判断によるものですから、他人がとやかく是非を論ずるべきではありません。私も「離脱すべきではなかった」などと申すつもりは毛頭ありません。ただ、しかしながら、一連の経緯に関して、「国籍法上の義務違反」という形で「報道」されたこと、その後も修正されていないこと。この点で彼女と「同様の立場」の一般人の間に、大きな不安と混乱をもたらしたことは間違いなく、非常に残念に思っております。

 「同様の立場」とは、日台国際結婚のご夫婦間に生まれたお子さんなど日本籍・台湾籍を併有している方のことです。特に選択期限とされる22歳(注:成人年齢18歳引き下げ後は20歳)が近づいている若者世代にしてみれば、自分は義務対象なのかどうか?放置していると義務違反とされる恐れがあるのか?は切実な問題です。

 ここでは国籍選択とは何か?を確認したうえで、台湾の籍の場合に、どのように扱われるのか、「一般の日台重籍当事者の立場」から、ファクトベースで見ていきます。

国籍選択とは


 日本の国籍法14条1項には、

 外国の国籍を有する日本国民は、外国及び日本の国籍を有することとなつた時が二十歳に達する以前であるときは二十二歳に達するまでに、その時が二十歳に達した後であるときはその時から二年以内に、いずれかの国籍を選択しなければならない。

 とあり、「いずれか」の国籍を選択「しなければならない」となっています。このため「選択が義務」だというふうに報道されているわけですね。

 このあたり、詳しくは、国籍法を所管する法務省のウェブサイト「国籍の選択について」というページを見てください。

リンク先の「国籍選択の流れ(概要)」という図では 
(引用元 http://www.moj.go.jp/content/000011148.gif  より)

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このように案内されています。法務省のこの図で分かるように、「選択」には「外国の国籍を選択する」か「日本の国籍を選択する」か、の2通りがあります。そして手続き方法としては

「外国の国籍を選択する」場合
1-(1)日本国籍の離脱(国籍法13条)
1-(2)外国の法令による外国国籍の選択(国籍法11条2項)

「日本の国籍を選択する」場合
2-(1)外国国籍の離脱(国籍法14条2項前段)
2-(2)日本国籍の選択宣言(国籍法14条2項後段)

と、全部で4通りの手続き方法が案内されています。1-(2)の「外国の法令による外国国籍の選択(国籍法11条2項)」というのは、「外国側」が国籍選択の制度を持っている場合に限られる特殊なケースです。(ちなみに台湾にはこの制度はありません)

「一般の外国」と日本との重国籍者の場合、「日本国籍を選択する」なら、

2-(1)で外国国籍を離脱をして、その離脱証明を添付して「外国国籍喪失届」を日本の役所に出す。

あるいは

2-(2)で日本国籍の選択宣言を日本の役所に出す。

という手続きになります。


 蓮舫さんの場合は、当初、2-(1)の方法をとろうと、台湾当局から国籍離脱証明を取得し、これを添付して日本の役所に出そうとした。しかし、受理されず、その後、2-(2)の国籍選択宣言をして受け付けられたそうです。

 広く報道されたのは、この辺までですね。

 「2-(1)の方法は受け付けられなかった。とはいえ、2-(2)で出したら受け付けられたのだから、やはり、やるべき手続きをやっていなかったということになるだろう」と、一般には受けとられてしまったわけです。

その裏側にある話

 蓮舫さんは日本の公職者ですから、もし「選ばねばならない」とした場合に「外国側の国籍を選択する(彼女の場合は台湾を選択する)」という選択肢については、考えてみることさえ、おそらくなかったのでしょう。ですが、一般人の場合、「もし義務として選択を迫られるならば、日本ではない方を選ぶ」というのは、当然に検討対象の選択肢として「あり得る」話でしょう。
 この場合、法務省の案内文書によれば、

1-(1)で日本国籍の離脱届を日本の役所に出す。

ということになります。

 この手続きは、「添付書類」にあるとおり、

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「現に外国国籍を有することを証明するに足りる書面」

を添付して届けることになっています。受理されれば日本国籍を離脱し、これをもって「選択をした」ということになります。

 ところが「日台重籍」者の場合、ことここに至って、驚く話が出てきます。「台湾当局が発行する」「台湾籍を有することの証明」を添付してこの「(日本)国籍離脱の届け出」をしても、受理しないというのです。

 さんざん悩んで、気持ちの整理をつけ「選択義務の対象者だとされるならば、台湾を選びたい」という風に心を固め、いざ選択履行の手続きをしようとすると、
「実は『台湾の籍』は選択できないのですよ」(「台湾当局の籍を持つことの証明」では、日本国籍離脱届を受理しない)と、拍子抜けのことを言われるというわけです。
 また、これについては、何か代替となるような手続きが示されているわけでもありませんので、結局「何も手続きしようがない」ことになってしまいます。

 「法は不可能を強いるものではない」ですから、この立場の人が、何も手続きをしていないからと言って、違法性が取り沙汰されるような問題にはなりようがないと筆者は考えます。

 朝日新聞デジタルに「約27年間の違法性が論点に 蓮舫氏の台湾籍離脱手続き」というタイトルの記事(2016年10月19日付)が出ています。2020年11月17日現在まだ掲載されたままです。

 公職選出後のことはまた別の議論としても、少なくとも一般人である期間についてまで、違法性を匂わすような記事は、非常に問題があると筆者は考えています。

 さて、選択について真面目に悩んできた日台重籍者にすれば
「そういうこと(国籍選択では『台湾の籍』は選択できない)なら最初から、そう説明してほしい。何のためにさんざん悩んできたのか?」
「バカにしないでください」
と怒りを感じてしまうような話ではないでしょうか。 

是非ファクトチェックしてください

 以前、twitter 上で、蓮舫さんの騒動を「手続きミス」と表現した橋下徹さん

への返信の形で、この扱い(国籍選択では『台湾の籍』は選択できない)に触れましたところ、少しバズりました。(もちろん、「手続きミス」ですらない、ということを言いたいのです。)

これが、ラジオで冠番組を持っているような有名な某評論家(?)の方から、一方的に「デマ」認定されました。デマじゃないことをいろいろ説明したらブロックされてしまいました。残念です。
 実のところ、日本の法務局にしても、この辺の取り扱いについて問い合わせると、「個別事案だから」とかなんとか、言葉を濁してなかなかハッキリ説明してくれません。小出しにされる説明も、口頭のみ。後になって、言ったの言わないの、というような水掛け論になっても困りますし、「私が自分自身で耳で聞いた話」というだけでは、ファクトチェックの情報ソースとして使えません。

 そこで、昨年(2019年)、情報公開請求制度を利用して国籍選択手続きにおける「台湾籍」の扱いについての根拠文書を出すよう請求しました。そして、2019年11月12日に、総務省情報公開・個人情報保護審査会から「答申書」が出ました。

総務省の情報公開・個人情報保護審査会のサイト
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/singi/jyouhou/toushin_h3102_0004_00001.html

から辿って「令和元年度(行情)295」「特定の事項についての問合せに対し説明を行う上で根拠としている文書の不開示決定(不存在)に関する件」とあるファイルです。

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https://www.soumu.go.jp/main_content/000654465.pdf

この14ページ「ウ」には

総務省当然の帰結

と明記されました。
 「国籍選択における台湾籍の取り扱いの根拠文書開示してください」と請求したら、「義務対象とする」根拠も「対象としない」根拠も文書が無い。見事に「なにも文書が無い」という回答だったわけです。
 ただ、流石に「受理できない」という扱いをしている事実については認めざるを得なかった。そして、なぜ根拠文書がないのにそうした扱いをしているのか?と聞かれては困りますから、文書が無いことがあたかも不自然ではないかのように「国籍法の規定から導かれる当然の帰結」だという理屈にしたのだろうと思います。

 しかし、「当然の帰結」とまで言い切れるなら、最初からそう説明してもらえればいいだけの話、「個別事案だから説明できない」などとはぐらかす必要は無かったはずです。

 こうして、関係者の間ではそれなりに語られてきたものの、これまであたかも「都市伝説」のようにつかみどころのなかった話、

※「国籍選択をしようにも、そもそも台湾当局の籍を選択する手続きはとれない」

という取り扱いが、総務省の公式文書の形で確認できたことになります。

役所の説明パターン

 自身の問い合わせの実体験、および知人からの伝聞等で「日台重籍」者の国籍選択の説明についておおよそのパターンが見えてきました。

Q)台湾当局の籍を持つ日本国民の場合に、国籍選択の手続きが必要か?
A)重国籍者の場合は選択の義務がある。
(注:日台間の場合に法上の重国籍者にあたる、とは断言していないのがミソ)
Q)「台湾当局の籍を持つ日本国民」の国籍選択手続きについて聞きたい。A)選ぶとしたらどちらを選ぶか?
(注:質問に質問で返す。日本を選ぶ場合、台湾を選ぶ場合、それぞれについての選択肢の詳細説明ではなく、先に希望を聞いて、それへの対応しか示さないのがミソ)
Q)日本を選ぶことになると思うが・・その場合は?
A)ならば、現に有する外国の国籍を「中国」と書いて、日本国籍の選択届を出して。
(注:台湾を選ぼうとする場合について説明をしないのがミソ。日本在住者の場合は大方ここで、日本国籍選択宣言に誘導されてしまう。)
Q)台湾を選ぼうと思っているが・・その場合は?
A1)台湾当局発行の国籍証明書では日本国籍離脱届を受理できない。受理できない届を出す必要はない。
(注:法務局などではこのように、「台湾の場合は出さなくてよい」とはっきり答えていた例もあるものの、最近の回答例では、次のA2のように、より曖昧にされているようです)
A2)日本国籍離脱届を出して。受理するかどうかは正式に提出された書類を見てからでなければ判断できない。

A2)はあまりに不親切です。「台湾当局発行の国籍証明ではうけつけない」ことがわかっていながら「現に外国国籍を有することを証明するに足りる書面」持って来いという手続きを案内する。では、どうしろというのでしょうか?

 蓮舫氏騒動の際の対応で誤魔化しをしてしまったことのつじつま合わせのためなのでしょうか? 公的機関が、こんな矛盾した話で、一般当事者を困惑させ続けるのは、信義上きわめて問題があることだと筆者は考えます。

参考(『二重国籍と日本』読書会)

2020年8月30日に開催された、書籍『二重国籍と日本』のオンライン読書会(AMF2020主催)にて、パネラーとして「「台湾関係者」として引っかかる点」と題し、10分ほど喋らせてもらいました。その内容(レジュメ、しゃべった内容、想定問答)が公開になりましたので、ご興味のある方は読んでみてください。私がかかわったのはリンク先、目次の6です。


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