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【まちづくり】公共施設を住民が支えるちょっとした実験

老朽化した公共施設を

維持し続けることが公共サービスであり、市役所の仕事だと思っている人がいます。
去年したことと同じように、運営すること。
そして、何かが壊れたら、壊れたーと言うこと。
これが公務員の仕事として「真面目」なんだと思っている人がいます。

確かに、目の前にいる利用者のために尽くすこと、
申請書を書いてもらい、使用料を現金でいただき、領収書を書き、カギを渡し、カギの返却を受け、「電気消した?エアコン切った?」と尋ねること。
それも仕事だとは思います。

ただ、それだけでは、求められている価値を生んでいる仕事とは思えないだけです。
それもまた仕事だということだけは確かです。


どこの自治体も、

1つや2つの、今はつかっていない、廃校、廃園など、その目的を終えた公共施設を抱えているものです。
まずは倉庫として荷物を置き始めるのが一般的だと思います。

そのうち倉庫も足りてきて、むしろ、各所ばらばらに物を収納しておいて便利がいいのかどうか、とか、
そもそも、浸水エリアに防災用備蓄してたり。

いずれ倉庫機能としても余り始めます。


市役所の限界と市役所にしかできないこと

私は市役所、「官」とか「公」というセクションの役割は、
本当に市役所しかできないことを担うべきで、
「公共」とか「民」のセクションで担った方がよいものは、
市役所でするべきことではないと思っています。
もちろん、協力すること、役割分担することはあると思います。
施設の予約、使用料の収受、カギの貸出だけなら、官とか民というより、もはや人じゃなくていいくらいですけどね。
日常清掃もお掃除ロボがいます。
…と言ってなんだか悲しくなる障害のある子の母です。


市役所の仕事?

たとえば、食品スーパー。
これは、市役所の仕事ではないと思っています。

でも、最近「スーパー公務員」という方がいらっしゃるようで、
スーパーマーケットを副業でされているとかされていないとか(笑)
ま、それは冗談として。

食料品や日用品の販売は、本来、市役所の仕事ではないと思っています。
ただ、困っている人のために売る場所がない、場所をつかいたいということであれば、市有土地をつかうことは、悪くないと思います。

人口減少と高齢化が進むと、スーパーマーケットを市役所に要望する人もいることは確かです。
そんな人に聞きたいです。
市役所スーパー…作ったら、絶対に買いに来てくれますか?
買いに来てくれないなら、市役所はスーパーを作りません。
そして、買いに来てくれるなら、市役所はスーパーなんかしません。
スーパーにスーパーを営業してもらいます。
つまり、
みんなが買わないから、スーパーがないんです。
・・・わかってくれないのが、高齢男性だったりします。
口を開けば、「市役所がなんとかしろ、それが市役所だ」とおっしゃる。

私はそんな地域活性化のエネルギーの方向としての「要望」を変えたいと思います。
次々にそんな考えの世代が生まれてくるとたまりません。
私の世代で転換させなければと思っています。
いわゆる「くれくれ君」は、その再生産を止めたいと思っています。

そのために、どうするか。

実はちょっとした実験

今、静かにプロジェクトを進行させています。

廃校、廃園、廃施設を利活用するプロジェクトに、
ワークショップイベントを組み込んでいます。
住民自治を、住民主体のまちづくりを盛り込もうと思っています。

それは、市街化調整区域にあり、実につかいにくい条件の市有施設です。
それを逆手にとって、市役所が所有することで住民が活用する、という方向性を庁内で固めました。
まあ、担当部署はシブシブだし、本当の意味の理解はまだしていないと思います。
市役所が所有したまま、活用を住民に自主的に考えてもらおうというフレームを提案し、流れに乗って予算化。
今に至っています。
いよいよ本格的に動き始めます。

私の想定は、国で言うところの『生涯活躍のまちづくり』。

どのような住民が出てくるのか。
どのようなアイディアが出てくるのか。
私の想定は、「言い出しっぺが関与するしかない」という、住民主体のまちづくりです。
国で言うところの『小さな拠点』も視野に入れています。

人は、頑張っている人を応援したいものです。
頑張る人を見つけ、その遊休施設を、頑張っている人を支える場所にしたいと思っています。
自分のために、無理なく、楽しく、幸せを感じながら暮らしている人が増えて欲しい。

これまでのうちの市役所になかったやり方です。
市役所が決めるのではない施設のあり方。
まちづくりというものをやってみようと思っています。
うちにとっての、社会実験だと思っています。

ワークショップの運営を支援してくださるチームも、
とてもステキなセンスを持っていて、いい予感しかしません。


だから、私は決して目立たない

あえて、そこにリーダーはいらないと思っています。
管理人はいたとしても。

みんなが主体性を持った自立する個人で、
個人が、面白がる精神で、
ゆるく支え合うプロジェクトにしたいと思っています。

ルールをうるさく押しつけてきたり、
自分だけが汗を流して目立ってキラキラするようなリーダーはいらないと思っています。
だから、決して私も目立った行動はしなようにしています。
担当者にも、決してあなたが目立ってはいけないと、
口を酸っぱくして伝えています。

流れを悪くするような「くれくれ君」がいたら、その人をゆっくりと退場もしくは改心に向けて誘導する、それが公務員である私の役割だと思っています。


おまけ。

スーパー公務員・・・(笑)

SNSを見ていると、公務員のみなさんの集まりで、
お互いを「スーパー公務員」のなになにさんとか、アイドル並みのキャッチフレーズみたいな肩書きを言い合って、写真を撮って、楽しく記念撮影している投稿をお見かけします。
ところで、「スーパー公務員」って、一般的な用語?

私は、まちづくりの主体・主役は、公務員ではなく、
あくまでもそこにいる人、ひとりひとりだと思っていて、
そういうキラキラした肩書きってなんのためだろうと、
微笑ましく見ています。

公務員であろうと、自分が幸せだと思うことが大切なので、そうやって呼び合うことで楽しく、やる気がでるのかなーと思います。

でも、本当にスーパー公務員なんだったら…

議員とか地元自治会とか高齢者のおじいちゃんの無理難題に対し、説明し、説得し、合意点まで導くとか、仲間になるようにとか、スーパーな影武者ぶり、立役者になり、スーパーな解決をしてくださってもいいのに、と思います。
超好きなことだけを、超好きなようにやってたら、
だれでもみんなスーパーだよね~。

管理職になってからの数年間、正確にはその前年からだけど、
人事評価が連続Aな私、スーパー公務員じゃないかしら…なんてねw

すみません、「スーパー公務員」にからみすぎました。


幸せになりましょう。


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