【読書メモ】余裕のある社会へ~「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」を読んで~
読書感想文は夏休みの課題で毎年のように出されて、何時間たっても白紙から状況が変わらない原稿用紙を見ては頭を抱えた、いわば私にとって天敵だ。
しかし、時の感情によって選んだ本は1か月後にはそこまで興味を持たなくなるように、選んで読んだからにはそれなりの理由があって、そしてそこから感じたことも二度と自然とはなぞることができないと思うと、やっぱり感想は残した方がいいのかなと思って初めての試みを行う。
これからは書籍、映画、ドラマなど、印象に残ったものを記録していきたい。
※私、本当は国語も文章を書くのもとても苦手なので、読解に間違いがあるかもしれません。その場合は優しく指摘してください。あと、基本おすすめの作品の紹介をしますので、良かったら手に取ってみていただくのが一番伝わりやすいかと思います。
第一弾は三宅香帆先生の「なぜ働いていると本が読めなくなるのか」について。
ちなみに私は新卒から6年ほどいわゆる激務と呼ばれる企業で勤務して文字通り本が読めなかった。学生時代はファンタジーが好きで夜更かししてまで読んでいたのだが、社会人になってからは平日は仕事に全力投球し、休日は家でゆっくりしていたらまるで負けかのように友人と予定を入れたり、旅行に行ったり、習い事を入れたりで時間を「使い切って」いたのだ。
そして6年経って、何か違う…これじゃあ歯車のなかで消費させられるだけの人生になってしまう…と思い、転職先を決める前に辞めたのだ。(今はまた懲りずにサラリーマンやってます。笑)
※ここからはネタバレがあるので、ネタバレを避けたい方はご注意ください。
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この作品の中では、作者の働いていたら本が読めなくなっていた現象からスタートし、近代日本の労働史と読書史を同時に追いながら、社会構造・労働構造とその時代に求められる本・読書の役割、そしてその変遷が描かれている。
過去の本の位置づけを考えたこともなかったので、とても興味深かった。
現代では、景気低迷による自己責任論などを背景に、社会(≒ビジネス)でいかに通用する自分を作るか、そして仕事で成功している自分のアピール合戦もあり仕事での自己実現が重視されてきた。
そのためビジネスで役立つ情報、それも自分が知りたくない文脈を取り除いたピュアな情報を手っ取り早く手に入れられるインターネットに時間を割きがちになり、ノイズ(自分とは関係のない他者の文脈)がある読書から離れてしまっていると本書では考察されている。
そして根本の原因として、何事にも全身全霊を求める社会背景が挙げられており、「半身」で成り立つ社会を構築することが、余裕を生み、過労によるうつ病なども防ぎ、働きながら読書ができる世界に繋がる。そしてその余裕が社会問題を解決するような健全な世の中に繋がっていくのではないかと締めくくられている。
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読みながら、前半は労働史、読書史にへぇ~と感嘆し、後半は首がちぎれるほどうんうんと納得しながら読んでしまった。
まさに退職して時間を持て余していた私は、そこまで読書好きではないにも関わらず、本屋に行きたいと思ったし、今まで興味を持たなかった古典小説やアートなどにワクワクしたからだ。それこそ、全身全霊で働いて、他者の文脈を許容できなかった頃と比べて、他者への興味を持てる余裕が生まれたからではないだろうか。
批判として、「半身」の働きをして時間を作っても読書に繋がらず、結局はネットサーフィンにとどまるのではないか、という意見もある。
個人的には読書習慣がなければそうだが、過去読書の世界を経験し、それが心地よかった人は少なからず読書に向かうのではないかと思う。
なぜなら、余裕がないときは受動的にネットを見ることで違う世界に触れた感が出せるが、それはあくまでも数秒~数分の世界なのだ。(映画でも2時間くらいか)
しかし、余裕が生まれると、少し元気が出て能動的に日常から離れたくなる。旅行と同じように本によって疑似的な世界(ファンタジー)や他人の脳内(エッセイなど)に入り込めるのは、やっぱりコマ切れのネットとは違うと思う。
働いていると時間に追われるし、どうしても目の前のことに精一杯になるが、グローバル社会といわれるように本当は目の前のことが遠くの誰かに繋がっている。そして逆もしかりで、遠くの小さなことが巡り巡って自分のキャリアや将来に影響を与える。
また、歴史はめぐるといわれるように目の前の問題は過去を学ぶことで解決できたりする。
そういう意味では、自分とは関係のない文脈を含む読書は(今すぐでなくても)どこかで自分とつながるし、すぐビジネスで活かしたいという喫緊の目的を持たない方が余裕をもって物事を受け入れやすい。
急がば回れ、とも言われるように今の悩みも直接的な解決策ではなく、「半身」で余裕をもって周りを見渡すと解決できることもある。
この本の主張にとても共感するし、これからは時折、「最近本を読めてるかな」と振り返りながら、適切な余裕を取り込んでいきたい。
そして数十年後、誰かが未来から現在を見て読書史を纏めるときに、まさに三宅先生が過去の書籍を引用してその時代を代弁したと言っていたように、この本も現代社会という資本主義からの過渡期を代弁した本として引用されるものになるのかもしれない。