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イギリスの家庭医(GP)の一日:イギリスの家庭医制度と新しい職場の感想
イギリスで家庭医療専門研修プログラムを2月20日に終えて自律した家庭医になった!「家庭医」はイギリスでは「General Practitioner」、もしくは「GP」だと呼ばれているけど、総合診療医のようなものかな。
家庭医療専門研修が最低3年間かかるんで、2年間の研修医期間は終わってから入れる専門研修プログラム。その間に厳しい試験(2つ)とEポートフォリオの審査(毎年)があり、全てを合格しなければならない。本当にストレスパンパンな時期だったな〜(笑)
その後、6週間ぐらい休みを取って二ヶ月間ぐらい就職活動に苦しみながらようやく掴んだ仕事の一週目は終わったので、感想を書いて行こうと思う!
研修医だった頃ように指導医という存在はないので、自分の判断だけで決断しなければならない。いわゆる、巣立つ時と同じ感覚で緊張感と高揚感が混じっているような不思議な気持ちになるんだ。
イギリスの家庭医制度
イギリスの医療制度(National Health Service、略:NHS)では、特別な理由がない限り(心臓麻痺、脳卒中、手術など)直接病院へ行けないので、GPはイギリスの国民にとってはなくてはならない存在となっている。GPが継続的に患者さんを見ていくシステムで、一人ひとりのことを深く知った上で治療を行う。そして、検査や病気の治療だけはなく予防医療、穏和ケア、生活問題、DVやのような家庭問題など様々な方向から患者さんと家族に向き合っていく。退院後や慢性疾患の患者さんの面倒を見るのもGPの仕事である。
日本では家庭医という専門はイギリスにように普及していないので、知らない方は多いだろう。家庭医ついて詳しく知りたい方には以下のサイトでは分かりやすく解説されているので、興味があれば是非見ててください。
職場について
マンチェスターの外部にあるサルフォードという都市で働くことになった。
サルフォードは元々工業、綿や絹の紡織産業が盛んで内陸港でもあったので、イギリスの階級制度では労働者階級の多い街となった。今はこういう産業活動はなくなったけど、低所得層であることは変わらない。
サルフィードの中にサルフォードキーズ、もしくは「メデイア・シティ」という高級なエリアがこの数年発展し、BBC本社、お洒落なカフェやバー、高級マンション、映画館、大学や劇場などの娯楽があって、若い会社員や学生、裕福な外国投資家は多い。
私の職場は二つの診療所に分けられているが、医療組織としては一つ。人員配置を平等にするために日によって活躍する場所が変わったりする。
サルフォードの下町
一つ目の診療所はサルフォードの下町にあるので、診断しに来る患者さんが主に低所得者。医長さんとマネジャーのオフィス、会議室や事務所などがここにあるので、こっちが拠点って感じかな。
マンチェスターは、街としてはすごく国際的で100か国以上の方が住んでいるんだけど、サルフォードはどっちかというと白人のイギリス人が殆どのようだ(8割以上)。人口統計を見たら外国人は少ないらしい。
前の職場はマンチェスター中心にあったんだけど、患者さんの大半がアジア人(インド、パキスタンなど)で通訳者を要求する人は一日に数人いたので、環境としてはサルフォードとはかなり違ったんだね。この一周間に一人二人ぐらいは外国人だったけど、通訳者を要求した人は一人もいなかった。
年齢層は赤ちゃんからお年寄りまで幅広くて、低所得層の下町だけあって貧困の病気が多め。貧困に関連する病気は、低所得層でより深刻な病気の総称で、感染症、栄養失調、アルコール中毒性や健康管理不足に関連した疾患が含まれる。それに、病気を深刻な段階になるまで放置する患者さんも少なくはないので、ここで診る患者さんがかなり複雑で時間がかかる。
多疾患併存(複数の持病、よく見られるのは糖尿病、高血圧、関節炎、循環器病など)や治療しにくい高齢者の病気(認知症、骨粗鬆症など)も多い。医師にとっては中々のチャレンジなんだけど、学べることも豊富だろう。
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サルフォードキーズ
もう一つの診療所は以上にご紹介したサルフォードキーズにあるので、若者、サラリーマンや裕福な人々が多い。子供や年配の方どころか既婚者や家族持ちの患者さんは少ないので、高齢者の病気や多疾患併存、子供も滅多に見られない印象だった。
サルフォード大学、学生寮や高校も近くにあるので、会社員の他に学生も多いらしくて大半の患者さんは10代〜30代ぐらいかな。それに、割と裕福なところなので、貧困の病気も少ない。頭痛、皮膚炎、うつ病、ストレス、生理の問題、ニキビ、怪我など若者が患う病気をよく診ることになる。
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同じサルフォードなのに、下町とキーズの雰囲気が全く違うよね。イギリスでは裕福と貧困なエリアが隣り合っているってのはよくあることだ。
両方の診療所で働いたところ、色々な患者さんを診る事ができてすごく面白かった。患者さんの病気や年齢、背景などが全く違うのでバラエティというメリットがある。人それぞれだけど、毎日同じ場所で同じ患者さんばかりだとちょっと飽きてしまうんじゃないかな。
今までずっと低所得層のエリアで活躍していたので、キーズの裕福なサラリーマンやピチピチ学生さんの患者さんを診るのって中々新鮮。対応のやり方はちょっと違うし、疾患や要求も異なっているので、自分にとってはいい経験になりそうだなと思っている。
それに、多くの患者さんは私と年齢はあまり変わらないので、ちょっと不思議な気分になるかも。ガキ医師だと思われないように頑張らないとね(笑)。
医師の中に私が一番若いので、若者によりうまく対応し信頼関係を築けていけるだろうという理由で7割のシフトがサルフォードキーズになったのかなって思うけど、実際はどうなんだろうね。
サルフォード下町とキーズは比べ物にならないぐらい違う。どっちで働くかは別に構わないが、病気の難易度を考えるとやはりキーズの方が簡単なんじゃないかな。その反面、コミュニケーション能力が非常に大事になってくる印象。それに、キーズには人気なコーヒーショップもいくつかあるので、コーヒー好きな私にとっては好都合!
労働時間
多くの職場では始業時間が決められているけど、ここは自分で決められる。フレックスタイムというんだけど、この配慮がすごくいいと思っている。私は9時から17時までにしたけど、8時〜16時までとか10時〜18まで働いている方もいるらしい。子供を学校に連れていく方やラッシュを避けたい方、遠くに住んでいる方など皆のために柔軟でいられるため、こういうフレックスタイムを採用したらしい。
イギリスは日本のような主治医制ではなく当番制なので、勤務と休日がはっきりしている。オフの日は完全にオフなので、休日に呼び出されることはないというか労働時間規制によって禁止されている。こっそりと破ったりする病院はあると聞いたけど、私がそういうところで働いたことはないし私の職場もそうではないので、休日と労働時間外は完全に自由時間だ。有給休暇も全て消化するのが当たり前で、消化しないとむしろ変な目で見られる可能性がある。イギリス人にとってはワークライフバランスと家族との時間が非常に大事でそれを削ろうとするのが許されない。
一日のスケジュール
一日に30人を診る(午前15人、午後15人)
午前の診療時間は9時〜12時
午後の診療時間は14時〜17時
12時〜14時の間に書類仕事を片付けたり、検査結果や病院からの手紙を確認したり、昼食を摂ったりする。若い患者さんが多いので往診の要求はあまりないけど、もしあればそれも行う。
スタッフ
最初に感じたのは、雰囲気がとてもフレンドリーで暖かく、皆は優しくてチームワークを大切にしていることだった。一人に仕事を押し付けたりサボったりするんじゃなくて、協力し合って仕事量を分担するのが決まりって感じ。上下関係を気にせずに気楽に接してくれるし、誰もが話しやすい。そして、チームビルディングのために食事会やクリスマスパーティーなどのイベントあって楽しそうだなと思った。次の食事会はちょうど私の誕生日でなんと偶然だな〜って(笑)。
今まで働いてきた職場は割と堅い雰囲気で上下関係がはっきりしていたので、このようなよりカジュアルな職場の方が働きやすくてとても気に入っている。前の職場では、同僚の仕事量を気にせず自分の分だけを終わらせて帰るってのが普通だったし食事会などもあまりなかったので、この職場の強力的な精神と仲間意識にすごく関心したんだ。
専門研修を終えて初めての仕事なので、分からないことがあればいつでも聞いてと医長さんに言われ、すごくありがたいし安心できる
医師の生涯教育制度
医師には自己研鑽が重要で、引退するまで評価と再確認(Appraisal and revalidation)を行う必要がある。専門医資格の更新は毎年eポートフォリオ(学習の記録、研究活動、資格など)で行い、さらに5年ごとにまとめてGMC(General Medical Council)に送って審査を受ける。問題ないなら、専門医資格が更新される。そういうわけで、大学や研修医の時だけではなく、引退するまで勉強し続かなければならない。勉強嫌いな人にとっては医師って中々辛いだろうね。看護師にも似たような制度があるらしい。
総評価
日がまだ浅いけど、全体的には好印象かな。患者さんからのフィードバックを見れば9割以上がポジティブのようだし、ワークライフバランスも充実しているし、いいところが多い。それに、二つの診療所で働けるのも新鮮で面白くて今住んでいるアパートから車で8分しかかからないので、通勤も楽。
欠点を強いて言えば、医学生や研修医、家庭医専門研修医を指導する教育クリニックではないので、指導医を目指している私にとってはデメリットかな。でも、もしやりたいなら許可してやると医長さんに言われたので、経験を積んで資格を取ってからまた相談しようかなと思っている。
これから新しい職場で家庭医として背一杯頑張っていこうと思う!