湯川真一

湯川真一

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モキュメンタリー6

会社への連絡が終わり、食事の席に戻った。すると食事の準備を私の代わりにしてくれていた娘が、ちょうど料理を皿に盛るところだった。 「ありがとう。すごく美味しそうだ」 と私が言うと娘は少し笑ってくれた。メニューはソーセージとスクランブルエッグとご飯と味噌汁だった。和食と洋食をぶつけたような朝食は、日本らしさに溢れていた。料理が揃うと娘は洗い物をしようとした為、 「洗い物は食べ終わった後に私がやるから、一緒に食べようよ。」 と言い、娘が席に座るのを待った。3人が揃ったところで、挨拶

    • モキュメンタリー5

      翌朝カーテンを開ける音が聞こえ、耳元でさおりの言葉が響いた。 「博士朝だよ。」 「おはよ。そうか今日は可愛い方か」 おはよと答えた後、私はそう呟いた。さおりは現在、病により自分のことも間違えて認識することがあるということはよくわかっていた。私のことを博士と呼ぶ頻度が増えれば増えるほど、症状は重くなっている照明だということも。それでも私はこの状態のさおりが好きだった。この状態のさおりは、あの頃のような不思議な魅力を発し続けている。それがどれほど残酷な判断であると分かっていても、

      • モキュメンタリー 4

         診察も終わり。処方箋をもらった。今は昔とは違い認知症の薬もあるみたいだ。医師からは入院や福祉サービスの活用の話も出た。色々なことを根気強く説明してもらったが、とりあえず今日は家に帰らせてもらうことにした。これはさおりのためというより私のための判断だ。少し目を逸らしたかった。まるで他人のような関係性になっていた自分妻が認知症になったという現実から。 「博士!イカスミパスタの美味しい店どうやっていくんだっけ?」 とさおりが突然言った 「なんの話をしてるんだ?」 と私は言うとさお

        • モキュメンタリー 3

          翌日になり、娘は朝早く学校に行った。会社にも連絡を入れ、休みをもらえることになった。(有給あって良かった。)心からそう思えた。さおりに今日の病院のことは、正直に話すことにした。 「昨日のことを病院に相談に行こう。」 と私は話した。 「大袈裟じゃない?」 とさおりは言ったが、 「念のためだ」 と私は答えた。 「ついでに俺のことも相談できないかな。」 と私は言うとさおりは 「なんの相談?」 と言った。それに対して私は 「良い夢が見たい」 と答えた。さおりはすかさず 「どうせおっぱ

          モキュメンタリー 2

           娘は私にこう伝えた。母は去年あたりから物忘れが増えてきた。最初は弁当の箸がないとかだったから気にならなかったけど、弁当の中身が無かったり、弁当箱の代わりに小さな裁縫セットが入れてある時があったと言う。ただ毎日では無いそうだ、たまにそうなる。と娘は言っていた。 「分からないこともあるけど、とりあえずありがとう。助かったよ。明日仕事を休んでお母さんを病院に連れて行くよ。」 と私は言った。娘も(あたしも休む)と言ったけど、それは断った。私だって本音を言えば来て欲しい。一番さおりを

          モキュメンタリー 2

          モキュメンタリー 1

           妻であったさおりと出会ったのは大学でだった。文芸サークルで出会い卒業後結婚した。さおりという女性を一言で表すと(ちょっとイタイ人)だった。人との待ち合わせの時、モデルのポージングを真似して待ってたり、偉人の名言を日常会話に入れてきたりする人だった。極め付けは考えていることがすぐに顔に出てしまう人なのに、笑顔を作るのが得意だと思っていた点だ。楽しい時も苦しい時も笑顔で対応していた。ただ苦しい時は明らかに苦笑いではあったけど。最初はそれを愛おしく思った。だから結婚を決めたんだけ

          モキュメンタリー 1

          ある雑貨屋にて9

          「うーん」 理趣経の店主は、唸りながら少し頭を抱える。すると常連客が来店した。 「あれ阿部さんどうしたの?」 常連客はそう店主に挨拶すると 「あっいらしゃいませ。いや最近来店するようになった新規のお客さんが、胡蝶門から出てこなくなっちゃったんだよ。」 と店主は返した。すると常連客は 「また中途半端にしか説明しなかったんでしょ。いい加減治しなよ。」 と答えた。 「それがなかなか治らないんですよね。それよりお代どうしましょう?まだもらってません。」 と店主が言うと常連客は 「薬の

          ある雑貨屋にて9

          ある雑貨屋にて8

          サラさんは差し出された指輪を見て 「うそ!指輪買ってきたの?何考えてんのいくらしたのよ。」 と言った。私は 「給料3ヶ月分?」 と答えるとサラさんは 「馬鹿真面目に本当にそんな金額の指輪買ってる人初めて会ったよ。でこれ私にくれるの。本当に?」 と言った。そして私は続けて自分の正体を告白した 「実は私、20年後からあなたに会いに来ました。今は信じてもらえないと思います。でもそれでいいとも思ってます。その指輪は20年後にある企業から発売される新作の指輪です。今は世界でこれ一つしか

          ある雑貨屋にて8

          ある雑貨屋にて7

          「☆♪○*×€÷〒-」 携帯のアラームが鳴り、私は目を覚ます。 (私への気持ちを証明して) 起きてすぐ20年前のサラさんからの言葉を思い出す。 「よし買いに行こう。」 今日は仕事が休みだから午前中に買い物をし、午後に20年前のサラさんに会いに行こうと決めていた。証明の仕方は決まっていた。まるで夢の中でも考え続けていたかのように、朝起きたらその答えが思いついた。私はすぐにシャワーを浴び、コーヒーだけ飲んで家を出た。最寄りの駅で電車に乗り、近くにデパートのある駅に降りる。駅構内に

          ある雑貨屋にて7

          ある雑貨屋にて6

          サラさんとはその後解散することになった。自宅の電話番号だけ教えてくれた。 「証明できたら電話して」 という言葉を残して、サラさんはその公園を後にした。 サラさんへの好意を証明する。そう言われて (わかった) と返事をしたけど、特に何か案があるわけでは無かった。ただそれよりも先に考えなくてはいけないことがあった。夜をどう過ごそう。この時代に使えるお金は貰っているけど、そこまで多くのお金をもらっているわけではない。だけど野宿をして風呂も入らず着替えもしないでサラさんに会うのは嫌だ

          ある雑貨屋にて6

          ある雑貨屋にて5

          サラさんは立ち去り、私はその場で立ちすくむ。少し落ち着くと周りからの視線に気がついた。こんな駅前であれだけ大声で叫んだんだから当然だと思った。だが流石に恥ずかしくなりその場を後にした。駅から10分ほど歩くと仙台の牛タンを専門に取り扱っている飲食店があったのでそこに入った。どこかに入って状況を整理したいと思っていたし、知り合いから仙台牛タンは一度食べたほうがいいと言われてたので入ってみた。店内は白い壁に木目調の床というシンプルな作りだった。私は店員に誘導されるまま席につき、メニ

          ある雑貨屋にて5

          ある雑貨屋にて4

          目が覚めると、とある駅の前にいた。知っている名前の駅だが、その周囲の様子は私が知っている風景とは違うものだった。 ポケットを探ると二つ折りの携帯電話と古いデザインの紙幣、それと手紙が入っていた。手紙はあの店主からのものだった。 (戻るときはこちらの手紙を破いて捨ててください。それまではこちらの手紙は大切に取っておいてください。あまり長いこといないようにしてください。その他の私への質問はカバンの中に入れてある携帯電話でお願いします。) 手紙にはそれだけが書かれていた。 「ここは

          ある雑貨屋にて4

          ある雑貨屋にて3

           その店は雑貨屋のようだった。自分の作品を販売しているのか、どの商品も個性的で歪な見た目のものが多かった。 「誰もいないのかな」 私はそう呟くと、奥から店員が出て来た。身長は私と同じくらいの30代くらいの男性の店員さんだ。 「いらっしゃいませ。こちらを利用されるのは初めてですか?」 とその店員さんは私に問いかけると私は静かに頷いた。そしてその店員さんはこの店の説明を始めた。 「この店は人の思いを肯定してくれる品物を販売しています。例えば、醜い見た目を変えれるドレッサーや、承認

          ある雑貨屋にて3

          ある雑貨屋にて2

          初めてサラさんにスーパーで会ってから、しばらく時は流れたそんなある日、私は初めてサラさんの旦那さんに会うことができた。いつものスーパーでサラさんの隣に立ち、カートを押すその人は背も高く、割と恰幅の良い人だった。私はサラさんにまず挨拶をすると、その次に旦那さんに挨拶をした。 「お疲れ様です。いつもサラさんにはお世話になってます。」 と私は言うと、旦那さんは 「いえいえこちらこそいつもありがとうございます。というか大丈夫ですか?うちの奥さんに虐められてませんか笑?」 と初対面の私

          ある雑貨屋にて2

          ある雑貨屋にて1

          25歳のある日、私は職場の女性に恋をした。仕事終わりに行った、地元のスーパーでのことだった。私はその人に挨拶をすると、その人は笑顔で 「湯川くんお疲れ様。マスクしてたのに、よく私だってわかったね。」 と私の顔を下から覗き込むようにして挨拶を返してくれた。目を合わせるのが苦手な私は、少し俯きながらその人の前に立っていた。だからこそ私の顔を下から覗き込んだのだろう。そしてその人が、なんの計算もなしにしたその仕草とその時の表情で、私は恋に落ちた。いやその女性の情報を整理すると、(落

          ある雑貨屋にて1

          わがまま(硬貨の使い道追加エピソード)

          「面会が認められている時間は原則として30分です。それでは開始してください。」 刑務官の指示とともにある殺人者との面会はスタートした。その殺人者の名前はZ。彼は宮部さんの恋人だったはずの人だ。僕はインドに旅行に行っていた宮部さんと合流し数日共に過ごした。そして帰り際の空港で僕は宮部さんとある約束をしたのだった。 「僕も一緒に行くので、事件を起こしたあの男の人に会いに行きませんか?もちろん日本に戻って来てからの話です。」 僕はそういうと宮部さんは首を縦に振ってくれた。僕は宮部さ

          わがまま(硬貨の使い道追加エピソード)