なぜ鬱病患者の相手がひどく面倒なのか -鬱病経験を踏まえた意見-

 大学、大学院在学中の少なくとも4年間、僕は鬱病だったと思います。思うというのは、結局医者に診てもらわなかったからです。つまり自称鬱病経験者なんですが、当時は正常な判断力を失っており病院に行くことに意味を見出せず、後になって回復して非定型うつ病と状態が合致すると気づけました(行っておけばもう少し後遺症は残らなかったかもしれません……心から悔やまれます)。
 さて、自称とつけるのは面倒ですし、僕は鬱病だったと確信しているので、鬱病経験者として「鬱病患者の相手が面倒くさいのはなぜか」という話を進めていきます。
 前提として理解していてほしいのは、鬱病は心の病なんてあやふやなものではなく、脳という物質(肉の塊)に異常が起きて精神や思考を患う、身体の病気ということです。最近は鬱病が社会問題として取り上げられる場面も多く、根性論は少しずつ減っているかもしれません。しかし気持ちの問題でどうにかなるという偏見も未だ多いので、ここで前提を飲み込めない人はこの先を読んでも納得は得られないのではと思います。とりあえず前提を受け入れて、進んでください。
 鬱病を想像できない方や、鬱病患者が周りにいてどう扱えば分からない方、患者とコミュニケーションを取ることに疲れた方がこれを見てくれているでしょうか(もしよければそんな方々に拡散してほしいです)。僕は、鬱病患者は苦しんでるから健常者は優しくしなきゃダメなんだ!なんて一方的なことを言うつもりはありません。健常者も日々ストレスの中で生きており、そこにさらに理解不能な鬱病患者を相手にしなければならないなんて同情します。ただ次の日には全て解決してたなんて都合よくはないし、あなたの一言で希死念慮の引き金を引いて止めを刺したら寝覚めが悪いでしょう。なので自分(健常者)を守りつつ、鬱病患者とどう関わるかを僕なりの答えでお伝えします。
 この先いくつか刺激的な表現で綴っていきますが、ご寛恕を。

 結論から言いましょう。なぜ鬱病患者の相手がひどく面倒なのか、それは「論理・合理・整合性・思考・記憶の破綻した狂った人間だから」です。早い話、狂人の相手なんて出来ないというそれだけの話です(症状が軽度な段階なら周りが優しく配慮すればみんな笑顔で何とかなるかも)。僕自身も、強すぎる虚無感により自分のためにしなければならないこと(勉強、実験、履修登録、公共料金支払い、家賃支払いなど)をできず、全ての刺激が苦しくて仕方がないのに特定の行動は平気だったり、自分の思考が以前に比べ異常と感じつつも医者に直せるわけがないから行く意味がないと根拠もなく本気で考えていました。他人が何かを見て笑っているのを見て俺がこんなに苦しんでいるのにこいつらはなぜ笑っているんだと危険な思考に何度も陥りました。研究室に行っても思考がまとまらず記憶も出来ずただ机に座りスマホをいじり、眠り、帰り、寝る。機械的に強迫観念のように無意味に繰り返す。他にも様々狂いはありましたが、このように頭がおかしくなっているんです。こんな人間をまともな人間が相手にしたって、当然無理があります。
 ではどうやって向き合うか。健常者は鬱病の人間(程度に差はあれど狂った人間)と関わった時点で大きなストレスになります。患者の思考回路を理解なんてまずできないし、しようと頑張らないでください。あなた方が患者にできるのは、「無理やりにでも病院に引っ張っていって診断してもらい、仕事をさせず、休むのは悪じゃないよと優しく言って、刺激の少ない健康な生活をさせること」です(ストレスの低い人間関係は続けた方が良いです)。僕はこれしかないと思ってます。健常者が健康なままで患者と向き合いつづけるというのはそもそも難易度が高いです。それ用の訓練を受けたわけでもなく、日々のストレスマネジメントに加えて鬱病患者の相手をする。こんな無理を続ければ狂気は伝染し、新たな患者が生まれるかもしれません。なので、上記の向き合い方をするために、まずは休める風潮を作っていきましょう。弱った人が自分を責めずに休めるように。健常者が良き隣人として見守れるように。
 休職せずに治していけないのか?そう考えるのは分かりますし可能性を否定しません。ただ患者が仕事を続けながら治すなんて運が良いでしょう(早めに鬱と分かればいけるかもです)。再発率5割の脳の病気を侮ってはいけません(再再発する確率はさらに上がる)。したがって多くの場合休ませるほうが建設的と考えます。会社によっては人員的に難しいという意見もあるでしょう。なら命ごと切り捨てる覚悟をもって対処すればよいのではないでしょうか。どれほど組織にとって癌のような存在でも、弱った生きた人間ですので、それを使い潰すor切るのなら未必の故意で人を殺す覚悟をもって実行しましょう。個人的には絶対してほしくないですが、僕には止められない。ブラック企業の経営者はこの性格傾向でこれまでも何人も殺してきたんじゃないでしょうか?偏見ですが。
 また鬱病の人にどう声をかければいいか分からない、鬱病を上手に隠してる人が健常者の何気ない一言(頑張れ、みんな苦しいあなただけじゃない等)でいきなり命を絶つのは防ぎようがない、そう思う人もいるのではないでしょうか。個人的な意見しか言ってませんが、相手が鬱病と分かっているときは「ゆっくり休むことは正しいことだよ」といえばそれで十分かと思います。潜在的な鬱病患者には、正直できることは少ないです。日々自分の言葉で人を殺せるのだと自覚して、鬱の有無に関わらず弱った人には休むよう言うしかないと思います。ちなみに僕は頑張れとかみんな苦しいとか言われるたびに自力で「んぁぁぁ頑張らない゛!!!」と自己暗示して鬱病を乗り越えました(^ω^)

 つらつらながなが書きましたが、まとめです。
 なぜ鬱病患者の相手がひどく面倒なのか、それは「論理・合理・整合性・思考・記憶の破綻した狂った人間だから」です。ではどうやって向き合うか、「無理やりにでも病院に引っ張っていって診断してもらい、仕事をさせず、休むのは悪じゃないよと優しく言って、刺激の少ない健康な生活をさせること」です。
 どうでしょうか、少しは役に立てばよいのですが……。なにか質問等ございましたらお声がけください。鬱病患者の一例でしかないですが、お答えします。

 それではありがとうございました。

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