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「グリーンブック」が照らした「一筋の光」|映画感想文|

すでにパッケージから良作の臭いが醸し出されている映画「グリーンブック」
何気なくアマゾンプライムで視聴したが、まぎれもなく傑作だった。

上記のPVでは「この”最強のふたり”の忘れ得ぬ旅、傑作」と誰かのレビューが引用されていたが、これは憎い演出。

エリック・トレダノの「Intouchables」(邦題:最強のふたり)をダイレクトに意識させている。このPVを作った担当者を捕まえて、3時間くらいインタビュー用のマイクを口元に突きつけたいくらいだ。それほど途方もない映画愛を感じた。

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映画のタイトルになっている「グリーンブック」とは、Colored(黒人)専用の観光のガイドブックだ。実際には1936年から1966年まで出版されたが、時代の移り変わりと共に姿を消すことになる。
しかし、何よりも私を驚かせたのは当時「専用のガイドブック」を書いている誰かが居た、という事実だ。

本作は、クラシックピアニストのチャーリーが粗暴な運転手トニーを雇い、各地で演奏ツアーを開催するといった内容。舞台はニューヨークから始まり、ディープサウス、アラバマ州のバーミングハムを目指す。距離にしておおよそ1550km。当時のキャデラックの性能を考えれば、丸一日かけてもたどり着けるか怪しい距離。

だが、南下すればするほど「人種差別」がさも当たり前のようにまかり通っていく。チャーリーは演奏家であると同時に「黒人」なのだ。

「しきたりですので」

ニコヤカな微笑を浮かべる支配人や従業員から、チャーリーはゆく先々で入店禁止の報せを告げられる。たとえコンサートの主賓であっても一般のトイレすら使わせてもらえず、みすぼらしいにも程がある外の厠か、黒人専用の店まで車を走らせて用をたせと、案内される。

現代でスクリーンを通して覗き見ている私達からすれば、この対応は非情なものに映るだろう。
怒りや罪悪感がふつふつと湧き出る。熱心に矯正された道徳観や倫理観のおかげと、言い換えても良い。国ぐるみの教育の賜物で、わたしたちは怒りや哀しみを見出すことができるようになった。

だが、当事の人間は違う。罪悪感はないのだ。
逆に、彼らを受け入れてしまうことに罪悪感を抱く。神に選ばれた人間とそうでない人間がいると、本気で信じている。疑う余地もない。

チャーリーとともに全米を巡る本作の主人公トニーは、はじめこそ”ニガー”と揶揄する側の立場だった。だが、生活を共にする内に「人間に種別などない、チャーリーはチャーリーだ」と気付き始める。それも内発的に。誰かに教わったわけでも、叱られたわけでもない。ただ自分が、信じていた正義が徐々に疑念に変わっていくだけなのだ。

腕っぷしもハッタリも一流のトニーは、おそれず崩壊していく常識の中、自分自身に産まれた新たな正義を突き通そうとする。しかし、その姿勢も虚しく事態のほとんどは悪い方向へ進んでいく。戦おうにも、誰も拳を構えていない。「当たり前」の壁があまりにも厚い。

トニーの心は、今まさにスクリーンを見ている私たちの心と合致した。半世紀以上の時を越えて、トニーの心は現代までジャンプした。しかし、それは幸か不幸か。グリーンブックが、変えようのない現状を訴えるただ一つの証拠となって、彼の手元に添えられている。

トニーはチャーリーと友人であることを望んだ。
変えることはできなかったが、変わることはできた。物語の終着点はそこに落ち着く。

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だが、グリーンブックを発行した誰かがいる、という事実もまた大いなる希望だった。
「狂った社会を狂ったまま受け止めて、ガイドブックを綴った誰かがいる」

その事実に私は驚く。どんな胆力があれば出来るのだろうか。どんな絶望の日々を歩めばその境地にたどり着けるのか。常識の枷を外すには、それほど強力な「劇薬」が必要なのだろう。

呪術の一種に「蠱毒」という概念がある。あらゆる毒を兼ね備えた虫たちを一つの壺に閉じ込め、生き残った最後の一匹から抽出した毒は何者をも殺す、古来から伝わる製法だという。

グリーンブックは、原理的にはその製法と殆ど同じだ。虐げられた環境に身を置き、壺の暗闇は社会情勢そのもの。生きようが死のうが知ったこっちゃないと言わんばかりの白人社会の中で、命を繋いできた果ての産物だ。問題は、これが「人間の命」をかけて容易く行われてきた点にある。

奴隷制の解放から二百年足らず。人種をも超えた友情の物語は、今も人の心を打ち続けている。

だが「心を打つ」とは一体どういうことなのだろうか。そもそも何に心が打たれるのだろうか?なんてことをふと考える。

推しの精神科医の言葉を借りれば「感動」とは「罪悪感」なのだという。叶わないヒーロー願望、「こうなりたかったはずなのに…」という後悔の念。
私たちは物語を求め涙を流すが、そこに溢れている情緒の源は「無力感」だ。

私は、よく映画を見終わった後の感動を一人噛みしめる。楽しかった、スッキリした。そんなカラっとした感情で終われる映画は存外少ない。だが、噛みしめている時間はたいてい、ネガティブな感情を孕んでいることが多い。

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例えば、本作品の時代背景に生きる白人たちにシンクロして「心を打つこと」を想像してみる。

深くフードを被った街行く人物を捕まえて、フードをバッとめくる。すると違う「肌の色」を持ったモンスター達の姿が車のヘッドランプに照らされてあらわになる。そして彼らを街から排除する。一部始終を見届けた観衆は称賛する。
「よく捕まえてくれた。私達も、ああいった勇敢な行動をしたいものだな」

作中でいえば、毅然とした態度で決して彼らをレストランに入れなかった支配人。その姿には後光が指しているように見えたはずだろう。やはり伝統と格式はかくあるべき。拍手を送る上流階級の人々。


けっして冗談でない。彼らは真にそう思っていたのだろう。
たった100年ぽっち前の感動や罪悪感の正体はそれなのだ。

その時代背景からたった100年しか経っていない。
では、今わたしが感動して打ち震えるこの心は、はたして本物なのだろうか。人は「常識を疑えない」。罪悪感という強力な呪いは姿を変え、形を変え、私たちの心に入り込む。

グリーンブックは最高の映画だ。それは胸を張って言える。

だが、今noteという媒体に綴っている私の主義主張はどこまでが「自分」の「本当の感情」なのだろうか。ここでグリーンブックをオススメしたとして、100人中100人が共感し心を震わせて涙を流したならば、それは逆に恐怖すべき事態にも思える。
そんな状況は、まさにチャーリーを受け入れないホテルの支配人と一緒だ。つけいる余地のない正義ほど窮屈なものはない。

もちろん、どんな傑作にも賛否両論はある。グリーンブックも例に漏れない。
本作は典型的な「黒人の魔法」的ステレオタイプを扱ったいかにもハリウッド的な映画だと揶揄されることもしばしば。「黒人を救済する白人」という視点からいつまで経っても脱却できていないと、構造的な本質を突いて痛烈に批判さえされている。

これにはハッとした。
救済的な物語を求めていながら、結局は物語の一つとして消費している自分に気づく。無意識にだが、「黒人」や「マイノリティー」は「救ってあげるべき存在」ではないかと。
そして予定調和の如く、救いだされた彼らに対して「あぁよかった。(わかってはいたけど)」と涙を流す。そんな安直な感動に、自分は身を浸しているのではないか?


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現実に発行された「グリーンブック」は、他でもない「当事者」たちで解決を図った試みだ。救い出されたものではない。自らの手で勝ち取ったものなのだ。

トニーの存在は、間違いなくチャーリーを救った要因の一端ではあった。
しかし、それは物語を語るうえで必要な”演出”だ。今作は事実を元にしたノンフィクション映画だが、そういった作品はたびたび現実とのギャップが取り上げられる。だがリアリスティックに寄りすぎても、物語としてはパンチが足りなくなる。天秤はかならずどちらかに傾いてしまう。


私が映画を考察する時は、虚構と現実を分けて考える。
でないと捗らないし、分けることで脚本家や監督の見えざる意図やメッセージに手が届くことだってある。それも含めて、映画を取り巻く環境の何もかもが面白いと感じる。

余談だがチャーリーとトニーが所持していた「グリーンブック」はネット上で再現されている。
その気になれば聖地巡礼もできる。
ちなみに本記事のサムネは、実際の「グリーンブック」の表紙と、ニューヨーク付近のcolored専用施設地図を使用している。


グリーンブックは、優れた演出が随所に盛り込まれた感動作だ。
史実と照らし合わせれば一筋縄ではいかない作品かもしれない。
だが、一介の映画好きとして、これをオススメせずして映画は語れないとさえ思う。

「グリーンブック」
人によっては、まったく役に立たない掠れた印字の目立つ紙切れ。
誰かにとっての唯一の希望、聖書にも劣らない、苦しむ人にとっての聖典。

本に込められた誰か想いこそ、この作品が真に伝えたい「一筋の光」だったのではないだろうか。


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ちなみに映画スキーの友人と感想会をしたんですが、

「最強のふたり」
「グリーンブック」
「ラッシュアワー」

これらを「勝手に凸凹コンビ三大傑作」として表彰させて頂きました。(参画者2名)



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